神尾敬三朗

〔人物〕 昭和10年11月27日、山形県天童市久野本の木地業神尾長八長男に生まれる。山形の小林倉治に木地を学んだ神尾長三郎は祖父である。昭和23年より父長八について木地の修業を始めた。そのころ神尾長八は天童久野本の工場で… 続きを読む

阿部栄七

嘉永元年5月10日、福島県信夫郡土湯村下ノ町の阿部四郎兵衛四男に生まれた。父の四郎兵衛は旅館を経営し、土湯村の名主を勤めた。当主は代々家名の四郎兵衛を名乗っており、弘化2年君ケ畑(1845)、嘉永2年蛭谷(1849)、安… 続きを読む

松田徳太郎

〔人物〕明治22年11月2日、盛岡市穀町の木地挽き松田和助、ヒサの二男に生まる。長兄は清次郎、姉にエサ、ハル、ハナがいた。明治33年12歳のとき、兄清次郎が没した。父和助は生存していたが高齢であり、また清次郎と煤孫茂吉が… 続きを読む

小倉茂松

〔人物〕 明治29年10月2日、弥治郎の農業、木地業小倉嘉吉、志けの四男に生まれた。嘉三郎、精助、朝吉は兄、少年時代より父嘉吉について木地を学んだが、さらに佐藤栄治方で職人をしていた佐藤久蔵(のちの白川久蔵)より指導を受… 続きを読む

小林倉吉

〔人物〕明治4年4月1日、木地業小林倉治、しゅんの長男として山形市旅籠町に生まれる。母のしゅんは旧姓森谷で北村山郡沼沢村の出身。倉吉は南山学校で学んだ後、明治15年から二年間米沢の酒屋で丁稚奉公をした。明治17年に米沢か… 続きを読む

渡辺光代

〔人物〕昭和29年10月3日、鳴子町川渡名生定字木戸脇の農業吉岡孝一の次男に生まれた。川渡中学校を卒業後に大工となったが、20才の時に腰を痛めたため、実家において農業を手伝うようになった。昭和60年に健康を回復し、こけし… 続きを読む

一部のこけしには、鬢の後方に赤線や墨でごく抽象的に耳状の飾りを描いたものや、墨で具象的・写実的に耳を描いたものがある。これらには、工人が意図的に耳として描いたものと、鬢の飾りのつもりで描いたものを、蒐集家が俗称「耳」と呼… 続きを読む

早坂政弘

〔人物〕 昭和36年4月15日、宮城県宮城郡宮城町大倉屋敷平に林業梅津政蔵、みや子の次男として生まれる。12歳のとき父が亡くなり、また母も身体が丈夫ではなかったので、手に職をつけることを考え 中学校を卒業後昭和51年より… 続きを読む

鈴木幸之助

〔人物〕明治21年1月21日(旧暦明治20年12月9日)、宮城県柴田郡川崎村(現川崎町)笹谷の農家に生まれた(戸籍上は3月21日生)。6歳のとき、母の実家、青根の旅館業佐藤重太郎の養子となった。 明治38年に青根の佐藤重… 続きを読む