西山英子

〔人物〕昭和27年5月21日、福島県土湯温泉のこけし工人西山憲一の娘に生まれる。家業がこけし作りであったため、こけしの描彩には興味を持っていたが、昭和57年より父憲一の木地に正式に描彩し、作品を発表するようになった。福島… 続きを読む

三春文雄

〔人物〕 昭和29年8月29日、秋田県雄勝郡稲川村三梨の農業三春久一の長男に生まれる。学校を卒業後、親戚が経営していた三春仏壇店に勤めた。若い頃から木地技術に興味があり、やはり親戚で木地を挽いていた三春広義の仕事などを見… 続きを読む

西山徳二

〔人物〕  大正5年5月8日福島県信夫郡土湯の農業西山源助、アキの二男に生まれる。七男四女の兄弟姉妹がいた。後にこけしも作った西山敬三は次弟三男である。14歳で荒井村の尋常高等小学校を卒業後、実家の農業を手伝い、また炭焼… 続きを読む

新山左内

〔人物〕 明治35年6月25日、新山久治郎・さとの五男として弥治郎に生まれた。兄に久治、久之助、勇、福太郎がいたが。久之助、勇は夭折した。また弟には定雄、吉雄がいる。大正3年尋常小学校卒業し、13歳から父久治郎や兄久治に… 続きを読む

佐藤孝之助

〔人物〕明治31年11月3日、宮城県刈田郡遠刈田の木地業佐藤茂吉、とねの次男に生まれる。母のとねは佐藤文吉の長女で、父の茂吉は吉郎平家から養子に入った。佐藤円吉は長兄。 12、3歳ころより父茂吉について木地修業を始めた。… 続きを読む

小南三郎

〔人物〕 昭和4年7月27日、秋田県湯沢市皆瀬字板戸の農業小南清吉の三男に生まれる。兄が病弱だったため生家の農業を継ぎ、若い頃は青年会運動に参加して活動した。日本放送協会秋田放送局の番組で「二、三男の問題について」という… 続きを読む

佐藤佑一

〔人物〕昭和18年9月21日、満州の教員佐藤正男の長男に生まれる。戸籍名は佐藤佑一であるが作品には佑介、佑助と署名することがある。戦後に一家は帰還して北海道に住んだ。昭和53年にこけしの魅力にひかれ、岩手県湯田の小林定雄… 続きを読む

阿部賢作

〔人物〕詳細不詳。昭和20年代から30年代にかけて松田初見の弟子となり木地を挽いた。こけしも製作したが、おそらく製作期間は短く、残る作品は少ない。  昭和22年の〈がらがら・5号〉に大阪の中島米荘による鳴子の阿… 続きを読む

新山栄助

〔人物〕明治7年8月9日、宮城県刈田郡福岡村八宮(弥治郎)の農業木地業新山栄七・みわの次男に生まれた。新山栄五郎は長兄にあたる。母みわは同村八巻左蔵の三女。 栄助は明治23年17歳のとき兄栄五郎について木地の修業を始めた… 続きを読む

鈴木久雄

〔人物〕昭和29年6月2日生まれ。福島県須賀川市で金沢徳重の指導を受けた。徳重は戦前に須賀川の牡丹園で売られていたこけしを復元した人。主に徳重の木地下を挽いていた。 最晩年の磯川盛雄のために木地を挽いたことがあった。 〔… 続きを読む