松田三夫

〔人物〕  昭和3年9月16日、宮城県玉造郡鳴子町上鳴子の木地業松田初見の長男に生まれる。鳴子高等小学校を卒業後、上京して蒲田の鉄工所に勤めるなどいくつかの職について働いたが、戦争が始まって昭和18年ころ鳴子に… 続きを読む

小林繁男

〔人物〕  昭和29年9月23日、山形県最上郡最上町の農業小林初造の二男に生まれる。 東京で勤務した時期もあったが回転機械で作るものに興味があり、昭和61年2月から木地修業を始めた。最上郡舟形村の三浦光美の指導… 続きを読む

秋山かう

〔人物〕大正6年2月1日生まれ。宮城県玉造郡鳴子町の秋山忠市の妻女。秋山忠男の母にあたる。 夫の忠市は昭和18年に応召、22年に復員してこけしの製作を再開したが、そのころ忠市の木地にかうも描彩をしたことがある。数は多くな… 続きを読む

舟山嘉作

〔人物〕明治28年2月16日、米沢の舟山嘉蔵・たかの三男として生まれた。 舟山家は士分の家柄であったが、維新以後嘉蔵は大工となり、明治時代後期には棟梁として職人を束ねる立場となった。三男の嘉作は米沢市花沢町で木地業を開業… 続きを読む

遠藤利夫

〔人物〕  昭和22年3月2日、宮城県鬼首の木地師遠藤正志の四男に生まれる。遠藤正一は長兄。木地の技術はは父からも学んだが、昭和42年21歳のとき鳴子の熊谷弥市について修業し、こけしの製作についても学んだ。昭和… 続きを読む

佐藤応助

戸籍表記 佐藤應助。飯坂八幡屋の当主。明治23年12月三女くらに弥治郎の毛利丈助四男栄治が婿に入った。すなわち応助は佐藤栄治の義父にあたる。義太夫をやったり、踊りの師匠などをした。八幡屋の屋号は応助が飯坂の村社八幡神社の… 続きを読む

佐藤良子

〔人物〕昭和14年9月5日仙台の会社員石川駒蔵の二女に生まれる。一家は良子が生まれた後、満州に渡ったが、戦後仙台に戻り、引き揚げ寮に住んで農業を行っていた。その仙台市幸町の実家の前に木地屋があって、毎日自家でつかう風呂の… 続きを読む

会田栄治

〔人物〕 昭和4年10月9日、表具師会田清左ヱ門長男として山形県天童市久野本に生まる〈こけし辞典〉。 隣は平塚安兵衛・斜め前は神尾長八の木地工場があった。 祖父会田清五郎は日本画家で田野耕源清信と号した〈山形のこけし〉。… 続きを読む

伊豆護

〔人物〕 大正14年3月21日、伊豆庫太郎四男として銀山新畑に生まる。兄定雄は大正11年および13年に銀山で山形県木地講習会があった時に安藤齢太郎について木地を習得した。銀山でこけしや玩具を製作したが、昭和13年に死亡し… 続きを読む