佐藤茂吉

〔人物〕 万延元年11月23日、佐藤友吉次男として宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)に生まれた。明治2年、10歳で佐藤源兵衛の寺子屋で読み書き算盤を習った。明治5年、13歳より家業を手伝い、木取りや手斧を練習、明治8年ころか… 続きを読む

瀬谷幸治

〔人物〕 昭和27年3月19日福島県郡山の木地業瀬谷重治の長男に生まれる。父重治は松村一四郎より木地を学んだが、後に岩本芳蔵よりこけしの製作を学んだ。幸治は木地の修業を父重治について昭和47年6月より始めた。作品は翌48… 続きを読む

黒羽弘

昭和11年、福島県石城郡平の黒羽定八、かつえの長男に生まれた。母のかつえは遠刈田の佐藤吉之助の妹にあたる。 昭和17年7歳の時に遠刈田へ移り、遠刈田中学校を卒業した。昭和26年16歳より叔父の佐藤吉之助について木地を習得… 続きを読む

佐藤秀一(遠刈田)

〔人物〕 大正3年6月21日、佐藤直助、つるよの二男として遠刈田新地に生まれる。母つるよは秀一のほか三女を生んだが、大正4年に39歳で亡くなった。昭和3年遠刈田高等小学校卒業後、見習工として北岡工場へ入所、父直助につき木… 続きを読む

佐藤誠次

〔人物〕 明治35年5月2日、遠刈田新地の佐藤文治、はるの三男に生まれた。佐藤丑蔵は長兄、三次は次兄であり、佐藤文六は叔父にあたる。大正2年13歳のとき、及位の叔父文六のもとへ行って、雑用を手伝ったが、このときにはまだ木… 続きを読む

佐藤丑蔵

〔人物〕明治22年3月4日、宮城県刈田郡遠刈田新地の佐藤文治、はるの長男に生まれる。三治、誠次は弟。15歳のとき、青根の丹野倉治方で職人をしていた叔父佐藤文平について約一年間木地を習ったが、その後二年間は木地挽きに従事せ… 続きを読む

小田島邦太郎

岩手県稗貫郡湯本村(現花巻市)金矢で農業を営み、郷土人形の製作などを行った人。経歴等詳細は不明であるが戦前に没したという。 昭和13年、花巻の長寿庵から小田島邦太郎名儀のこけしが発売され、〈こけしの微笑〉で金矢こけし作者… 続きを読む

高橋市太郎

〔人物〕 明治42年3月21日、岩手県和賀郡沢内村猿橋第一地割の農業高橋権兵衛、ナミの長男として生まれる。大正11年尋常小学校卒業後、家業の農業を手伝っていたが、昭和元年より湯田の佐藤丑蔵について木地の修業を行… 続きを読む

高野辰治郎

〔人物〕 明治37年6月26日、宮城県白石長袋に生まれる。大正6年と7年に宮城県の助成金を得て佐藤勘内が鎌先温泉で木地講習会を開催した。高野辰治郎はこのときの弟子の一人である。辰治郎のほかに鎌田文市、佐藤雅雄、高梨小藤治… 続きを読む

鈴木安太郎

〔人物〕明治28年4月26日、鈴木米太郎長男として、寒河江市下西小路に生まる。祖父彦兵衛までは大工の棟梁であった。父米太郎は山形の小林倉治について木地を学んだ人。安太郎は明治40年ころから父米太郎について木地を習得、市の… 続きを読む