遊佐泰雄

〔人物〕昭和17年5月17日、宮城県玉造郡鳴子町鳴子の公務員遊佐菊治、時子の三男に生まれる。本名は恭雄。昭和33年鳴子中学校を卒業後、4月より桜井昭二の弟子となり5年間修業した。年季が明けてからは「さくらい」の職人をして… 続きを読む

吉田勝範

〔人物〕昭和29年8月26日岩手県江刺(現奥州市)の農業及川善三の二男に生まれる。 中学校を卒業後、昭和45年4月より桜井昭二に師事して木地の修業を始めた。こけしの製作は昭和46年より行っている。桜井の職人を13年ほど務… 続きを読む

遊佐寿彦

〔人物〕 昭和33年2月23日、宮城県玉造郡鳴子町の遊佐福寿の長男に生まれる。高校卒業後、昭和51年より父の福寿について木地の修業を始め、昭和60年頃から寿彦名義のこけしも発表するようになった。また、福寿が描彩した福寿名… 続きを読む

遊佐妙子

〔人物〕昭和24年10月24日、宮城県玉造郡鳴子町の遊佐耕三の二女に生まれる。学校を卒業後、10年ほど教員生活を送った。岡崎斉吉の六男博志と結婚、博志は入婿となって遊佐姓になった。 博志は遊佐家でも木地を挽いてこけし作り… 続きを読む

鈴木俊幸

〔人物〕  昭和30年3月5日、鈴木運吉・花枝の長男として、宮城県玉造郡鳴子町に生まれる。父の運吉は、鳴子の岡崎斉吉について木地を修業した人。こけしの描彩は母の花枝がもっぱら行っていたという。 俊幸は昭和47年… 続きを読む

今野幹夫

〔人物〕 昭和6年5月28日、北海道網走郡北見市美幌町の農業今野房吉・マツヨの長男に生まれる。小学校3年生のとき一家は南洋パラオ本島に移住し、そこで農業を始めた。終戦後、昭和21年3月パラオ本島大和高等小学校を卒業した。… 続きを読む

海谷善蔵

〔人物〕明治19年7月1日、山形県東村山郡高瀬村大字下東山、海谷七右衛門、き江の二男に生まる。長兄周蔵、弟七三郎とともに青根の佐藤久吉について修業した。明治36年18歳のとき、志願して山形の歩兵第三二連隊に入隊、その後予… 続きを読む

佐藤誠

〔人物〕明治34年2月13日、福島県伊達郡五十沢村字寺前3(現在の梁川町)の農業佐藤金七の次男に生まれる。明治42年9歳の時、弥治郎の小倉嘉三郎の家に入って約3年間子守りなどをしたのち、12歳ころより弟子として木地を修業… 続きを読む

高橋精助

〔人物〕 明治21年10月27日、宮城県刈田郡福岡村大字八宮字弥治郎の農業・木地業小倉嘉吉・志けの二男に生まれる。嘉三郎は長兄、弟に朝吉、茂松がいた。学校卒業後父嘉吉につき木地を修業し、一家で共に挽いていたが、明治42年… 続きを読む