吉野稔弘

吉野稔弘(よしのとしひろ:1986~2018)

系統:弥治郎系

師匠:佐藤英雄

弟子:

〔人物〕 昭和61年11月12日、吉野昭・江美子の長男として宮城県白石市弥治郎に生まれる。平成16年柴田農林高等学校卒業後、ニチレイ食品に就職、半年後に体調をこわして退社。その後、JAのサービスステーションで約2年間働いた後、鎌先の一條旅館に足かけ5年間勤務した。 この間、弥治郎の工人佐藤英雄から、こけしを作らないかという勧めを受けたが、決心がつかないでいた。 平成23年3月の東日本大震災が一つの人生の契機となって、自分が生まれた地で作られてきた伝統的なこけしを継承しようと心が固まった。佐藤英雄が、一條旅館に話を通してくれて、また「地域人材育成事業」のプログラムにも採用されて、その年の5月より弥治郎こけし村の工房で、弥治郎の佐藤英雄、新山民夫、新山吉紀、新山実、星定良らから木地の指導を受けられるようになった。なお、富塚由香も、同様に「地域人材育成事業」のプログラムに採用されて共に木地を学んだ工人である。 3年間の修業の後、平城26年4月に独立してこけしの販売を始めた。弥治郎こけし村の工房の向かいに自分の作業場を設けて、作品を作っている。えじこ、ダルマも製作している。
なお、文献初出は、平成25年4月30日発行〈こけし時代・7号〉弥治郎特集である。同年4月に青葉こけし会、5月に大阪こけし教室で頒布され、〈こけし山河・266号〉で新人紹介されている。
平成30年8月2日没、数え年33歳。前途ある工人と期待されたが、若くして世を去ったことは誠に惜しまれる。

吉野稔弘 平成27年7月4日 巣鴨高岩寺にて実演
吉野稔弘 平成27年7月4日 巣鴨高岩寺にて実演

〔作品〕 こけしの製作は、修業開始当初から始めていたが、作品の正式な発表は、平成24年の「全日本こけしコンクール(白石市)」の新人コーナーであった。こけしを売ることの許可を得たのは修業終了後、独立してからであった。 作るこけしは、佐藤英雄からの継承であるが、英雄の祖形にあたる佐藤今三郎の型を研究し、製作している。 若々しく溌剌としたこけしであり、幸太系列の若手工人として大いなる発展が期待されている。

〔右より ダルマ(平成26年3月)、18.1cm(平成26年3月)、15.0cm(平成26年5月)、21.2cm(平成26年9月)大阪こけし教室頒布、18.2cm(平成26年11月)名古屋こけし会頒布、18.2cm(平成28年4月))伊勢こけし会頒布 (中根巌)〕
〔右より ダルマ(平成26年3月)、18.1cm(平成26年3月)、15.0cm(平成26年5月)、21.2cm(平成26年9月)大阪こけし教室頒布、18.2cm(平成26年11月)名古屋こけし会頒布、18.2cm(平成28年4月))伊勢こけし会頒布 (中根巌)〕
 
〔右より 19.0cm、18.0cm(平成27年)(橋本正明)〕
〔右より 19.0cm、18.0cm(平成27年6月)(橋本正明)〕


〔17.3cm(平成29年10月)(橋本正明)〕〕

系統〕 弥治郎系幸太系列。 幸太-今三郎-辰雄-英雄-吉野稔弘と続く師弟継承。

〔参考〕

 

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