小林光子

小林光子(こばやしてるこ:1934~)

系統:肘折系

師匠:小林定雄

弟子:

〔人物〕 昭和9年5月1日、岩手県和賀郡湯田町の小林光一の長女に生まれる。祖父は湯田町で木地工場を開設した小林辻右衛門で、光一はその長男である。
昭和31年同町の神成三五郎長男定雄と結婚、定雄は婿となって小林姓になった。
小林光子は湯本の温泉街で土産物店を経営していたが、店に並べるこけしの製作を夫定雄に勧めた。
そこで夫の定雄は昭和41年11月より遠刈田の佐藤丑蔵・佐藤文男の弟子となって、木地の技術を学び、こけしの製作も始めた。
光子も夫の木地業を手伝い、夫のこけし描彩から見取りで、自らの木地や定雄の木地に描彩を行うようになった。
光子(てるこ)はしばしば読み方を「みつこ」と間違われるので、時に輝子と署名することもあるが、本名は光子である。
俳句もよくし、「木地師妻」「人形笛」などの句集もある。また、絵本作家でもある。〈こけし時代・12 〉には「絵本の中の工人の暮らし」という短文もあり、絵本作家になった経緯も紹介されている。

左より 昭三、善作、定雄、光子、愛 昭和40年ころ
左より 昭三、善作、定雄、光子、愛 昭和40年ころ

〔作品〕   夫の定雄がこけし製作を開始する頃、光子も手伝いながら自らのこけしを作った。この時期には自挽きで製作も行っていたようである。下掲の作り付け2本は鹿間時夫旧蔵で極初期の光子の作品である。初心の面白さを満喫できる。

〔右より 12.1cm、14.3cm(昭和42年)(石井政喜)〕 鹿間時夫旧蔵
〔右より 12.1cm、14.3cm(昭和42年)(石井政喜)〕 鹿間時夫旧蔵

下掲の3本は昭和43年の作、これらもおそらく自挽きであろう。頭を球形に挽くのが難しく、かなり角ばった円筒形になっている。表情は一定していないがいずれも湯田の雰囲気を濃厚に漂わせて魅力的である。

〔右より 22.1cm、23.6cm、25.6cm(昭和43年3月)(箕輪新一)〕
〔右より 22.1cm、23.6cm、25.6cm(昭和43年3月)(箕輪新一)〕

下掲はやや手馴れた頃の作。以前のプリミティブな迫力は薄れているが、反面完成度の高い仕上がりになっている。表情は甘くなく緊張感がある。

〔17.7cm(昭和43年夏)(橋本正明)〕
〔17.7cm(昭和43年夏)(橋本正明)〕

下掲は昭和44年1月の作、丑蔵おかめ型を意識した面描であるが独特の表情となり、面白みのある作品となっている。

〔17.7cm(昭和44年1月)(橋本正明)〕
〔17.7cm(昭和44年1月)(橋本正明)〕

昭和56年になると同じおかめ型でもバランスが取れて完成されて来ている。

〔23.6cm(昭和56年)(高井佐寿)〕
〔23.6cm(昭和56年)(高井佐寿)〕

系統〕 肘折系文六系列

〔参考〕

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