タグ別アーカイブ: 奥山運七

奥山庫治

〔人物〕昭和9年6月10日、奥山喜代治、ハツエの長男として山形県最上郡肘折温泉に生まる。昭和24年頃父喜代治より木地を習う。同27年より東邦亜鉛大蔵鉱業所に勤めたが昭和34年大蔵鉱業所が閉鎖となったために九州の対馬鉱業所… 続きを読む

奥山運七

〔人物〕 元治元年12月7日羽前国北村山郡大久保村大原(現在の山形県村山市)の奥山銀助(通称・長蔵)の長男に生まれる。屋根葺き職人に弟子入りしたが、明治13年17歳のとき屋根から落ちて足を怪我したため、肘折に湯治に行き、… 続きを読む

阿部薫

〔人物〕  昭和20年10月26日、天童市大字高木の農業、阿部健司・みわの次男に生まれる。昭和39年3月山形県立村山農業高等学校農業科を卒業後、大手上場会社に就職した。昭和43年11月神尾豊子と結婚。豊子は、神尾長三郎・… 続きを読む

柿崎酉蔵

〔人物〕 文政8年現在の山形県大蔵村肘折の八鍬熊蔵(二代目の八鍬林蔵)の四男に生まれる。父熊蔵は、若いころ永松鉱山で働き、後に検断となって大蔵鉱山に勤めたと言われる。 酉蔵が生まれた八鍬林蔵の家 (稲花まんじゅう、くじら… 続きを読む

鈴木征一

〔人物〕   昭和19年11月17日、東京都品川区の会社員鈴木慶次郎の長男として生まれる。 当時父慶次郎は東京芝浦製作所勤務していたが、5歳の時肘折へ帰郷した。父慶次郎は肘折で農業の傍ら民芸店肘折物産を経営した。征一は大… 続きを読む

一部のこけしには、鬢の後方に赤線や墨でごく抽象的に耳状の飾りを描いたものや、墨で具象的・写実的に耳を描いたものがある。これらには、工人が意図的に耳として描いたものと、鬢の飾りのつもりで描いたものを、蒐集家が俗称「耳」と呼… 続きを読む

柿崎藤五郎

〔人物] 元治元年(戸籍上は慶応元年4月6日)、山形県北村山郡太高根村山ノ内(現村山市)に生まる。父井上三太郎は農業。17歳ころ、肘折へきて柿崎酉蔵(初代伝蔵)について木地を習う。当時はまだ二人挽きであった。明治20年、… 続きを読む

奥山喜代治

〔人物〕 明治38年3月3日、山形県北村山郡大久保村(現村山市)大原の農業篠沢金蔵・いしの三男として生まれた。〈こけし辞典〉では父の名を篠原金蔵としているが篠沢が正しい。大正10年6月17歳のとき肘折へ行き、同郷大原出身… 続きを読む