盛元吉

明治7年8月8日、青森県温湯温泉の養蚕業盛與助、はるの長男に生まれた。貞吉、角太郎、慶太郎、慶次郎、健蔵、しえ、しよの弟妹がある。 明治28年、温湯の毛利與七の妹のよしと結婚した。よしとの間に秀太郎、栄太郎、みさ、まる、… 続きを読む

森谷和男

〔人物〕昭和3年9月4日宮城県玉造郡岩出山町通丁7の農業森谷平十郎・とよの四男に生まれる。鳴子高橋盛の妻女きくゑの甥にあたる。昭和18年3月岩出山尋常小学校を卒業。昭和24年11月より鳴子にて高橋盛、高橋盛雄の指導を受け… 続きを読む

盛與助

〔人物〕青森県南津軽郡山形村大字温湯の木地師。盛家は代々木地業に就き、祖父専四郎、父専四郎(専之丞)に継いで與助も木地業に就いた。與助の長男が元吉、元吉の長男が秀太郎である。生没年月日は不詳。 小児エツコ、子供槌など玩具… 続きを読む

盛諒祐

〔人物〕 平成4年7月4日、こけし工人盛美津雄、綾子の二人兄弟の次男として、青森県黒石市温湯に生まれる。7歳年長の長兄がいる。小学校4年生の時に祖父眞一と一緒にズグリを作った事が轆轤との最初の出会いとなった。祖父の思いを… 続きを読む

矢口権佐久

明治34年ころ山形にて生まれた。蔵王高湯の岡崎長次郎について木地を習得した。大正12年春から13年春までと、大正14年2月から10月までの二回岡崎長次郎方で職人として働いた。山形の山川源吉、山寺の佐藤正雄は兄弟弟子である… 続きを読む

厄除子如来

宮城県鳴子温泉を潟沼の方に登ったところ、大穴のふもとに祀られていた如来。鳴子こけしの起源とこけしの語源に絡んで説明されたことがある。 昭和初期に鳴子木地組合が作った赤い紙のこけし由来記があり、橘文策は〈木形子・第2号〉に… 続きを読む

八鍬亀蔵

 明治10年6月24日、山形県最上郡南山村肘折に生まれた。八鍬安蔵(五代目林蔵)の長男。明治26年5月12日に父安蔵が44歳で没したが、当時亀蔵はまだ17歳だったので、祖父の鶴蔵(四代目林蔵)が六代目林蔵を再継、明治29… 続きを読む

八鍬長作

明治9年、肘折のそばや八鍬長助の長男に生まれた。元来塗師であったが、大正6年ころ八鍬製椀工場を作り、川連より職人を招いて操業した。のちに長男長蔵、次男長太郎、三男長治に椀類を挽かせた。昭和19年4月15日没。長作自身はこ… 続きを読む

八鍬長蔵

明治30年9月27日、肘折の八鍬長作の長男に生まれた。大正2年ころ鈴木幸之助について一年ほど木地を習い、その後約二年間、葉山官行(葉山において国費でおこなった造林・製材事業、官行とは政府が国費で国有地以外で造林,森林の管… 続きを読む

八代鉄園

〔人物〕 戦前、宮城県白石市で新型こけしを製作販売していた工人。 明治37年7月11日、福島県郡山市出身の八代又蔵の長男に生まれる。本名は泰一。 八代鉄園、あるいは八城鉄園と号した。白石市中町で洋品店エス屋を経営し、新型… 続きを読む