小椋啓太郎

〔人物〕 明治30年7月19日、秋田県雄勝郡大館の木地業小椋運治の長男に生まれる。祖父勇右衛門は吉左衛門家から養子に入った人で、その子である運治は米吉、久四郎と従兄弟にあたる。小椋慶次郎は次弟、小椋泰一郎は運治の兄養治の… 続きを読む

小椋宏一

〔人物〕  昭和6年1月20日、秋田県皆瀬村川向(木地山)の小椋久太郎・ミヨの長男に生まれる。昭和19年小学校卒業後、父久太郎のもとで木地の手伝いを行った。昭和26年より本格的に木地の修業を開始、久太郎のこけし… 続きを読む

小倉茂松

〔人物〕 明治29年10月2日、弥治郎の農業、木地業小倉嘉吉、志けの四男に生まれた。嘉三郎、精助、朝吉は兄、少年時代より父嘉吉について木地を学んだが、さらに佐藤栄治方で職人をしていた佐藤久蔵(のちの白川久蔵)より指導を受… 続きを読む

小椋正吾

〔人物〕昭和9年4月20日、秋田県雄勝郡稲川町大館の小椋正治、シエノの三男に生まれる。父の正治は久四郎の兄庄太郎二男であるが、明治32年に一家で川連大舘に移った。母のシエノは久四郎の長女である。正吾は父の正治について木地… 続きを読む

小椋正治

〔人物〕 明治25年6月28日、秋田県皆瀬木地山の小椋庄太郎・リンの二男に生まれる。父庄太郎(慶応元年1月16日生)は小椋徳右衛門の二男で、カネ、久四郎、石蔵の兄にあたる。庄太郎は、一時稲庭村に養子に出たが明治23年に木… 続きを読む

小椋甚九郎

〔人物〕明治32年6月6日、福島県耶麻郡岩月村の木地師小椋千代五郎、タツの二男に生まれた。学校卒業後、父千代五郎について木地を修業した。会津若松と喜多方の漆器の木地下を挽いていたが、昭和元年父の病気と共に喜多方市に移住、… 続きを読む

小椋捨次郎

〔人物〕 昭和3年12月25日、川連大館小椋泰一郎・たかの次男に生まる。成人になると横浜にでて勤め始めたため、専門にこけしを作ったことはない。木地の修業も正式にしたことはないが、父泰一郎の仕事を見て育ったので簡単なものは… 続きを読む

小椋泰一郎

〔人物〕明治22年4月20日、秋田県雄勝郡高松村120(水上沢木地山)小椋養治、カヤの長男に生まれる。父養治は小椋勇右衛門の長男で、代々初右衛門を名乗った。カヤは小椋利左衛門(吉左衛門の長男)の長女であり、カヤの母ナツは… 続きを読む

小椋千代五郎

〔人物〕慶応2年6月25日、福島県北会津郡闇川村(旧青木組)の木地業小椋甚吾、ツルの長男に生まれた。本名(諱)のほかにあざな(字)も持っていて祖父織江は包教、父の甚吾は包章、千代五郎は工章と言ったという。 祖父小椋織江(… 続きを読む

小椋利亮

〔人物〕昭和30年12月22日、秋田県雄勝郡皆瀬村川向(通称木地山)の小椋宏一、リヨの長男に生まれた。祖父小椋久太郎に可愛がられ、幼い頃から木地挽きの手ほどきを久太郎から受けた。幼い利亮を久太郎が手をとるように教えている… 続きを読む