高梨小藤治

明治38年4月24日、宮城県刈田郡八宮村7番地の木地業高梨栄五郎、かめの二男に生まれた。母かめは同村熱海與平治の二女である。栄五郎には先妻とりとの間に長男永がいたが、13歳の時に村にやって来た祭文語りに憧れて出奔し、木地… 続きを読む

田崎弥蔵

明治から大正にかけて山形市旅篭町で開業していた家具屋の主人。 田崎家具店では、岡崎栄治郎、海谷善蔵、佐竹林之助、白川久蔵、石沢角四郎、鈴木幸之助等多くの木地職人が働いた。こけしを挽いたのではなく椅子や机の脚など、家具の部… 続きを読む

武田仁兵衛

明治27年頃、山形県東村山郡鈴川村山家にまれる。大正元年19歳で小林倉吉に入門した。大正7年11月に年期が明けた。昭和14年の〈再版 東北の玩具〉では米沢の工人として紹介されている。兄弟弟子たちによると、仁兵衛は修業時代… 続きを読む

佐藤千代治

明治27年頃、山形県山辺町大字田小路に生まれた。明治39年8月山形市愛宕町の小林倉治に入門した。明治43年11月に年季明けし、12月仙台第2師団歩兵第2大隊に入隊した。大正2年12月除隊した後、小林家に7ヶ月間お礼奉公し… 続きを読む

佐藤重右衛門

青根の土産物店主。青根、遠刈田のこけしを販売したので作者と誤伝されたことがある。重右衛門の父重太郎は遠刈田新地佐藤周右衛門の弟で、青根の先代重右衛門の長子ゆのと結婚して、婿に入った。重太郎、ゆのの長子が重右衛門を名乗った… 続きを読む

仙台小芥子会

大正12年仙台市の愛好家菅原武平、三原良吉、小野臺蔵、天江富弥、鈴木喜三郎(軍治)、今野定一によって郷玩の収集、研究を目的として発足した。研究会、展覧会等を開催した。大正13年発足の関西の婢子会と並んで斯界で最古のこけし… 続きを読む

菊地勝三郎

宮城県柴田郡川崎村川崎の出身。明治7年頃の生まれ。青根の菊地きよし戸籍名きよは姉にあたり、きよしの婿が茂平(安政松年頃の生まれ)である。きよし、茂平夫婦の養子に山形出身できよしの甥にあたる孝太郎が入った。勝三郎は明治19… 続きを読む

小椋勝雄

〔人物〕明治42年8月13日、秋田県雄勝郡稲川村大館の木地師小椋米吉、ツメヨの長男に生まれた。小椋俊雄は次弟である。大正4年12月に一家は北海道枝幸郡原野に移住し、さらに大正7年北海道上川郡神楽村神楽町本通(旭川)に移っ… 続きを読む

佐藤五月

明治33年6月15日、佐藤栄治、ふよの三男として、宮城県刈田郡福岡村大字ハ宮字弥治郎南69番地に生まれた。伝内、勘内の弟にあたる。こけしも相当作ったというが、その作品は未確認である。大野栄治の話では甥の佐藤伝のこけしがよ… 続きを読む

佐藤小治郎

明治29年ころ山形市営町1994に生まれた。明治41年に小林倉吉に入門、大正4年11月年期明けした。翌5年2月までお礼奉公、その後五百川鉄工所に入り、織機の巻取りロール挽きをしていた。昭和8、9年、脳溢血で死亡。兄弟子の… 続きを読む