〔人物〕昭和20年12月13日、宮城県玉造郡鳴子町出身の高橋松子の長女に生まれる。母松子はその父高橋盛とともに一家で秋田に移って、戦争中をその地で過ごした。秋田時代に結婚し、長女正子を生んだ。昭和25年の冬、一家は鳴子に… 続きを読む
〔人物〕昭和20年12月13日、宮城県玉造郡鳴子町出身の高橋松子の長女に生まれる。母松子はその父高橋盛とともに一家で秋田に移って、戦争中をその地で過ごした。秋田時代に結婚し、長女正子を生んだ。昭和25年の冬、一家は鳴子に… 続きを読む
〔人物〕昭和17年2月8日、東京の会社員原野光幸の長男に生まれた。昭和38年より宮城県鳴子の早坂隆に師事して木地を学んだ。昭和58年頃より自分の名義でこけしを発表するようになった。 〔作品〕早坂隆よりの伝承であるが、鳴子… 続きを読む
〔人物〕 大正15年2月5日、鳴子湯元岡崎斉・ふみよの長男に生まる。昭和15年3月15歳で鳴子高等小学校卒業後、父斉について木地を修業した。こけしは小学校時代より描彩を始めた。深沢要は〈こけしの追求〉に、「斉の長男斉司は… 続きを読む
〔人物〕明治38年8月20日、三重県富田町古川で、『酒吉』といわれる酒造を業とする素封家の家庭に生まれた。本名は伊藤吉兵衛。旧制富田中学校の第20回生で丹羽文雄と同級、法政大学法科に進学、卒業時就職に際しては、面接官から… 続きを読む
明治33年6月15日、佐藤栄治、ふよの三男として、宮城県刈田郡福岡村大字ハ宮字弥治郎南69番地に生まれた。伝内、勘内の弟にあたる。こけしも相当作ったというが、その作品は未確認である。大野栄治の話では甥の佐藤伝のこけしがよ… 続きを読む
福島県二本松市小浜宇反町にある万人子守地蔵尊。子どもの守り本尊として「子地蔵尊」を貸し与える風習があり、子地蔵を里帰りさせ、新たに祈祷を受けるために、5月3日~5日の例大祭には 多くの参詣者が訪れにぎわう。発祥の時代はつ… 続きを読む
〔人物〕 大正6年6月1日、山形県最上郡舟形村長沢の農業三浦仁作の長男に生まれる。長沢村では多くが農業に従事していたが、冬季の仕事として木地業を導入することが企画され、昭和14年秋に、鳴子より伊藤松三郎を招いて木地の指導… 続きを読む
〔人物〕大正14年1月27日に生まれる。秋田県川連のワンコ木地師。古関久太郎のエ場で古関軍治に木地技術を習った。こけしは見取り学問。昭和35年ごろより3年間ほどこけしを作った。〈こけしガイド〉で作者として紹介された。その… 続きを読む
木地山系、山形小林一家など一部のこけし後頭部に見られる毛束のこと。 つんけを描く工人として知られているのは、中ノ沢岩本善吉、木地山系小椋泰一郎、小椋久四郎、小椋石蔵、土湯系佐久間由吉、山形の小林倉吉、清蔵、栄蔵、作並の平… 続きを読む
明治38年5月2日、山形県飽海郡南平田村(現平田町)山谷に生まれる。同郷の尾形政治のつてで、19歳のとき肘折の最上木工場へ入った。遠刈田から来ていた佐藤三治の弟子となり、木地を習った。昭和3年、最上木工場の将来に見切りを… 続きを読む