杉原浩

〔人物〕 山形県新庄市紙鍬町の大工。内職に木地を挽いていた。明治22年(推定)生。木地は見取り。昭和14年9月こけし研究家の深沢要が瀬見の旅籠で得た情報を元に、新庄に未知の工人を訪ねて杉原浩と会い、次の聞き書きを得た。 … 続きを読む

佐藤吉五郎

こけしの作者佐藤吉弥、吉之助兄弟の父。 元治元年2月28日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の佐藤友吉の三男に生まれた。吉弥、吉之助の父。明治9年13歳より、父友吉に師事、同10年ころはもっぱら兄茂吉の綱取として働き、二人挽き… 続きを読む

厄除子如来

宮城県鳴子温泉を潟沼の方に登ったところ、大穴のふもとに祀られていた如来。鳴子こけしの起源とこけしの語源に絡んで説明されたことがある。 昭和初期に鳴子木地組合が作った赤い紙のこけし由来記があり、橘文策は〈木形子・第2号〉に… 続きを読む

佐藤善二

〔人物〕 大正14年5月14日、青森県西津軽郡森田村の電力会社社員佐藤善吉・ハナの二男に生まれる。名前の読み方は、蒐集界では「ぜんじ」で通っている、ただし正式には「ぜんに」であったと言われている。 昭和19年青森県立木造… 続きを読む

佐藤米蔵

〔人物〕 明治42年11月22日、宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)の木地師佐藤春吉、さんの長男に生まれる。母親のさんは佐藤茂七の二女であり、吉郎平の妹にあたる。佐藤巳之吉は茂七の五女もじと結婚しているので、吉郎平、巳之吉は… 続きを読む

蔦作蔵

〔人物〕 明治25年11月18日、宮城県柴田郡大河原町に、菓子職人蔦伊作・ハツノの長男として生まる。弟に、幸作、金作がいる。蔦家は代々山梨県で寺職に従い、寺の周りの蔦にちなんでこの姓名をつけたといわれる。明治3… 続きを読む

新山左内

〔人物〕 明治35年6月25日、新山久治郎・さとの五男として弥治郎に生まれた。兄に久治、久之助、勇、福太郎がいたが。久之助、勇は夭折した。また弟には定雄、吉雄がいる。大正3年尋常小学校卒業し、13歳から父久治郎や兄久治に… 続きを読む

斎藤右内

〔人物〕昭和2年12月1日に天童で生まれる。父は斎藤三代男。刑務署勤務の間に署内作業場で木地の技術を身につけた。定年退職後、天童に戻ったが近所に佐藤文吉がいたので友人付合いをするうちに見取りでこけしを作るようになった。 … 続きを読む

加山道之助

明治中期に、こけしを集めた横浜の蒐集家。橋田素山と並んで極初期の玩具蒐集家である。 こけしも古いものを多く集めていたがその殆どを関東大震災で焼失した。焼失したこけしの中には高野幸八もあったという(佐野健吉談)。下掲の飯坂… 続きを読む

村上玉次郎

〔人物〕大正15年11月21日、岩手県気仙郡盛町の木地業村上蔵吉、とも江の次男に生まれる。母とも江は遠刈田の佐藤寅治の娘で、佐藤護の姉にあたる。父蔵吉は遠刈田の佐藤善八について木地を学んだ人、及位や肘折でも木地を挽いた。… 続きを読む