佐藤俊雄

〔人物〕昭和10年1月29日、岩手県東磐井郡大東町の小学校教員佐藤右兵衛・チヨノの次男に生まる。昭和26年3月中学卒業後、鳴子及川正夫工場で見取りで木地を習得した。昭和27年7月より大沼新兵衛について描彩の指導をうけた。… 続きを読む

酒井正進

〔人物〕明治32年2月1日、福島県耶麻郡蚕養字沼尻の酒井竹治、ナツの二男に生まれる。戦前に中ノ沢温泉の湯桶監視役をやっていたが、その後土産物店を経営し、さらにさかい百貨店という雑貸店を開いた。昭和8年12月より、岩本芳蔵… 続きを読む

宮島重昭

〔人物〕 昭和4年10月20日、裁判所事務宮島某長男として米沢駅前に生まる。小学校時代より米沢の小林吉太郎に木地挽きを習っていたが、小学校卒業後、米沢航空工場(職長:小林吉太郎)へ入所し本格的に木地を挽くようになった。昭… 続きを読む

厄除子如来

宮城県鳴子温泉を潟沼の方に登ったところ、大穴のふもとに祀られていた如来。鳴子こけしの起源とこけしの語源に絡んで説明されたことがある。 昭和初期に鳴子木地組合が作った赤い紙のこけし由来記があり、橘文策は〈木形子・第2号〉に… 続きを読む

新山定雄

〔人物〕明治41年2月15日、宮城県刈田郡福岡村八宮弥治郎の木地業新山久治郎、さとの七男に生まれる。兄に久治、久之助、勇、福太郎、左内、吉雄がいたが、久之助と勇は幼くして亡くなった。大正10年福岡村尋常高等小学校を卒業後… 続きを読む

斎藤伊之助

〔人物〕 明治26年山形県最上郡南山村肘折の農業斎藤永平の長男に生まれる。12歳の時、古口の寺へ小僧として出されたが、明治40年15歳で肘折に戻り、佐藤文六について木地の修業を行った。当時尾形政治は斎藤永平の家の下屋を木… 続きを読む

阿部計英

〔人物〕 昭和12年2月8日、福島県土湯温泉木地業阿部広史、みねの三男に生まれる。友寿は長兄にあたる。12歳ころよりロクロに上がり、こけしも作ったというが、正式に父広史について木地を修業したのは昭和30年からであり、商品… 続きを読む

梅木修一

〔人物〕 昭和4年3月18日、商業梅木金次郎三男として山形市内宮町横丁に生まれた。昭和18年3月男子国民学校を卒業後上京し、東京府中の日本製鋼武蔵野製作所に入所、終戦まで働いた。戦後山形に戻ると、母の姉の夫にあたる叔父金… 続きを読む

蔦作蔵

〔人物〕 明治25年11月18日、宮城県柴田郡大河原町に、菓子職人蔦伊作・ハツノの長男として生まる。弟に、幸作、金作がいる。蔦家は代々山梨県で寺職に従い、寺の周りの蔦にちなんでこの姓名をつけたといわれる。明治3… 続きを読む