大森久一

〔人物〕  昭和7年11月30日、土木業大森久三郎長男として、白石市に生まる。昭和22年尋常高等小学校を卒業後、山仕事や農業の手伝いをしたが、地元には仕事が少ないので、昭和28年小野幸三郎商店に入り、木地挽きの修業を始め… 続きを読む

高野つるよ

〔人物〕 明治9年9月13日、宮城県玉造郡岩出山町の畑甚吉・リエの長女に生まる。戸籍名「まつよ」、通称「つるよ」という。明治29年2月鳴子高野幸八と結婚。長女たけよ、次女アキ、三女かめを、長男幸一は皆生後間もなく亡くなっ… 続きを読む

岡崎斉吉

〔人物〕明治33年5月4日、宮城県玉造郡鳴子の木地業岡崎仁三郎・とき(登起)の次男に生まる。戸籍表記は斉吉、こけしには才吉と署名していた。木地は父仁三郎について習得、徴兵検査まではこけしも盛んに作ったという。 岡崎斉は長… 続きを読む

田中緑紅

大正から昭和にかけての京都の郷土史家。明治24年1月12日に生まれた。本名は田中俊次。父親は医師で、孤児院平安徳義会を開き、児童福祉事業の先駆者として、また社会事業家として知られる田中泰輔。緑紅は医学の道には進まず、京都… 続きを読む

小安

小安は秋田県湯沢市皆瀬字湯元の古い温泉で、湯坪の開設も400年ほど前と言われている。南部藩から佐竹藩へ抜ける山道があり、子安番所が設けられていた。文化8年には、九代目の藩主佐竹義和が仙北領内巡回の途中、家来300人を連れ… 続きを読む

今野新四郎

〔人物〕 安政6年3月21日、宮城県宮城郡大沢村芋沢村本郷の農業今野太左衛門・さゑの四男に生まる。新四郎には幼児のころから進行性の足の骨の病があり、農業には向かなかったため、手に職をつけることを志した。そこで明治10年頃… 続きを読む

河村音次郎

〔人物〕 明治38年1月19日河村辰治、リマの二男として秋田県由利郡本荘町裏尾崎町39に生まれる(〈こけし辞典〉に明治37年生まれとあるのは間違い)。旧制本荘中学校卒業後、北海道、樺太などで働き、昭和5、6年頃本荘に戻っ… 続きを読む

北山久美子

〔人物〕昭和27年10月10日、秋田県平鹿郡雄物川町西野字樋向の農業鈴木虎大、タミの長女に生まれた。昭和48年11月こけし工人北山賢一と結婚した。 こけしには日頃から関心があったが、昭和62年ころに夫賢一の木地に初めて描… 続きを読む

高沢紀市

〔人物〕 昭和16年12月26日の農業高沢三之助の三男として白石に生まれる。戸籍表記は高澤。昭和32年より、兄の高沢肇について木地を習得、また昭和49年より兄肇の師匠にあたる佐藤直樹についてこけし製作を学び、雅雄の型、伝… 続きを読む

小林敏子

〔人物〕昭和24年5月16日、山形県山形市円応寺新道のこけし工人小林清次郎、はつえの長女に生まれる。小林吉三郎は祖父、小林清は弟にあたる。 昭和54年、父清次郎は円応寺町より、檜町に工場と住居を移転したので敏子もそれに従… 続きを読む