小林敏子

〔人物〕昭和24年5月16日、山形県山形市円応寺新道のこけし工人小林清次郎、はつえの長女に生まれる。小林吉三郎は祖父、小林清は弟にあたる。 昭和54年、父清次郎は円応寺町より、檜町に工場と住居を移転したので敏子もそれに従… 続きを読む

木村敦

〔人物〕昭和50年9月7日、宮城県白石市越河の木村功、英子の長男に生まれる。母の英子は弥治郎のこけし工人佐藤英雄の妹にあたる。 平成10年東北学院大学を卒業した。卒業後、不動産会社の営業職、作業服専門店の店長等を勤めた後… 続きを読む

斎藤源七

〔人物〕明治45年1月1日、山形県蔵王高湯の木地業斎藤源吉・しいの長男に生まれる。昭和元年堀田村第三尋常小学校卒業と共に父につき木地の修業を始めた。土産物店緑屋の経営も手伝っていたために多忙でなかなか木地挽きに専心できな… 続きを読む

嶋津彦三郎

〔人物〕 明治30年3月1日、嶋津彦蔵二男として青森県南津軽郡山形村温湯字新道に生まれる。  大正3、4年、兄彦作と共に大鰐町に移り、木地業田中重吉宅に兄弟とも世話になった。津軽では木地業は一子相伝の決まりがあり、兄彦作… 続きを読む

日本こけし館

日本こけし館は、宮城県大崎市鳴子温泉尿前74-2にあり、こけし文化のセンターとなることを目的に建設された。 こけし館が建てられるきっかけとなったのは、昭和28年に深沢要のコレクションが鳴子町に寄贈されたことであった。長い… 続きを読む

大沼俊春

〔人物〕 昭和4年3月11日、北海道洞爺湖の桶樽製造業板垣志治郎・スヱの三男に生まれる。3歳の時母と死別、昭和9年6歳の時に鳴子から来て洞爺湖にいた木地師大沼甚四郎夫妻に引き取られて養子となった。入籍はしていなかったので… 続きを読む

煤孫実太郎

〔人物〕  明治41年10月9日、岩手県稗貫郡花巻町の木地業煤孫茂吉・タケの長男に生まれる。戸籍表記は實太郎。大正12年15才で花巻高等小学校を卒業、その年の9月頃より父茂吉に就いて足踏みロクロで木地の修業を開始した。昭… 続きを読む

黒田源次

婢子会(大正13年11月より同15年8月にかけて活動した関西で最も古い郷土玩具の研究、同好会)の同人。他の同人は、友野祐三郎(主宰)、筒井英雄、尾崎清次、西原豊で計五人。 黒田源次(旧姓有馬)は明治19年12月9日熊本市… 続きを読む

佐藤俊夫

〔人物〕昭和14年8月2日、本吉(現在の宮城県南三陸町)の漁業佐藤長治郎の二男に生まれた。昭和34年より鳴子の大沼力に師事して木地の技術を身につけた。小山今朝記、片倉富夫は兄弟弟子である。こけしは昭和42年4月から製作し… 続きを読む

あやめ模様

佐藤英太郎の直助型 背面のあやめ模様 あやめ模様と称する描彩は、遠刈田系こけしの胴裏に描かれるのが最もポピュラーであるが、弥治郎、土湯(飯坂、川俣)、鳴子、津軽においても描かれることがある。 こけしに描かれた模様だけから… 続きを読む