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阿部陽子

〔人物〕 昭和7年4月3日に生まれる。公務員菅亀之助の養女となる。昭和34年川連の阿部平四郎と結婚。木の実、たくみの一女一男をもうけた。昭和35年11月21日より夫平四郎の木地にこけしの描彩を始めた。昭和40年代になって… 続きを読む

遊佐福寿

〔人物〕 昭和5年3月17日宮城県玉造郡鳴子町木地業高橋盛、きくゑの次男に生まる。昭和14年1月一家とともに秋田市に移り、昭和19年3月秋田高等小学校を卒業した。昭和20年7月より父盛について木地を修業、こけしもこのころ… 続きを読む

大沼健三郎

〔人物〕 明治27年2月1日、鳴子の木地業大沼甚三郎の五男として生まれる。大沼岩蔵、甚四郎、甚五郎、万之丞は兄にあたる。明治42年高等小学校を途中でやめ、父甚三郎、兄甚五郎について木地を修得した。兵役除隊後は仙台サクラ商… 続きを読む

地蔵型

土湯系の太子型と同じように、胴上部が膨らんで裾がくびれた作り付け小寸のものを地蔵型という。主な作者は佐藤文六、佐藤文吉、佐藤丑蔵であるが、遠刈田本来の型ではなく、遠刈田の大部分の作者が作る作り付け小寸は、肩のこけたこげす… 続きを読む

土湯名産の栞

大正12年に斎藤太治郎が土湯上ノ町に移って、こけし製作を再開したときに作成して、店に製品を買いに来る湯治客に配った栞。正式には「土湯名産実ニ御目出度挽地玩具ノ福音」という。こけしや木地玩具がいかなるものとして商われていた… 続きを読む

佐藤三治

〔人物〕 明治30年9月10日、遠刈田新地佐藤文治・はるの次男に生まれる。佐藤丑蔵は長兄、佐藤誠次は弟である。明治43年4月丑蔵について山形県肘折に移り、肘折小学校に編入、同時に肘折にいた叔父の佐藤文六について木地を学ん… 続きを読む

太子型

土湯系のこけしの小寸のもので胴が膨らみ裾がくびれて、台座形がついたものを太子型と呼んでいる。土湯の太子堂にちなんだもので、この型のこけしを求めて太子堂に奉納すると、願い事がかなうと言って、子供を授かりたい人や、病気平癒を… 続きを読む

大内一次

〔人物〕 明治42年1月7日、福島県岳温泉の木地業兼土産物店経営鈴木今朝吉・アキの長男に生まれる。大正9年両親が岳下村大内鉄蔵の夫婦養子となったため一次も大内姓に変わった。大正13年16歳のとき栃木県日光町の木地師白井亀… 続きを読む

小浜子守地蔵尊

福島県二本松市小浜宇反町にある地蔵尊。子どもの守り本尊として「子地蔵尊」を貸し与える風習があり、子地蔵を里帰りさせ、新たに祈祷を受けるために、5月3日~5日の例大祭には 多くの参詣者が訪れにぎわう。発祥の時代はつまびらか… 続きを読む

大竹地蔵尊

福島市荒井字寺屋敷にある白山寺は、「大竹子育地蔵尊」として知られる。ここに収められている多数の木彫りの地蔵尊は、形態がこけしに通じるものがあり、こけしの前駆的な存在であろうという人もいる。ただし、こけしとの関連を示す確実… 続きを読む