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佐藤周治郎

〔人物〕  こけしの作者佐藤豊治、その兄周吾の父、静助の祖父。 安政4年8月27日、佐藤周右衛門長男として遠刈田新地に生まる。明治元年より、父周右衛門につき二人挽きロクロを修業した〈蔵王東麓の木地業とこけし〉。明治20年… 続きを読む

佐藤善八

慶応2年6月21日、佐藤善七長男として刈田郡宮村遠刈田新地に生まれた。明治11年より、姉よねの夫にあたる義兄佐藤菊治(周右衛門の弟)について二人挽の木地技術を学んだ。兄弟弟子に菊治の息子の重松、重吉兄弟等がいる。佐藤友情… 続きを読む

安保彌次郎

盛岡の内加賀野で木地業を続けた安保家は非常に古い木地師で、元禄年間に美濃より秋田県鹿角郡安保へ移動して木地業を営み、後に二戸郡浄法寺の荒屋地区に移り、さらに享保年間に南部藩より二人扶持を与えられてお抱え木地師となり、盛岡… 続きを読む

深沢要

明治37年7月24日、東京都下谷区池之端七軒町で生まれた。生後1年6ヶ月で広島へ、さらに九州福岡へと転々として子供時代を過ごしたが、生来病弱で学校も入退学を繰り返した。大正10年に大阪の泰西学館に入ったが、大正11年に病… 続きを読む

高橋利兵衛

高橋利兵衛家は秋田県川連で代々漆器の製造販売、染屋、蚕糸の製造業、酒屋、木綿商を営んだ豪商。取引先は、備中(岡山)、京都、大坂、江戸から松前(北海道)にまで及んでいた。 また、藩主の許可を受けて天保元年(1830年)より… 続きを読む

沢田九郎兵衛

生年月日、経歴等は不明であるが、沢田家は、間宮、村井、油川、田中等の諸家と共に大鰐の古い 居木地師である。木村弦三は〈木形子異報・6〉で明治20年の沢田九郎兵衛の挽物値段控帳について下記のように紹介している。 「今は死ん… 続きを読む

青海源兵衛

初代源兵衛は江戸時代中期の若狭出身の塗師(ぬし)、本名は池田源兵衛、津軽四代藩主の津軽信政にまねかれて弘前に移った。 源兵衛は藩主の命で江戸にのぼり、塗師の青海太郎左衛門に入門してさらに技術を磨こうとしたが、翌年江戸で客… 続きを読む

内国勧業博覧会

内国勧業博覧会は、国内の産業発展を促進し、魅力ある輸出品目育成を目的として、明治期に東京(上野)で3回、京都、大阪で各1回の計5回を政府主導で開催されている。第6回内国勧業博覧会を東京で開催する計画があったが、日露戦争後… 続きを読む

大正博覧会

大正3年3月20日から7月31日まで、東京府が主催し、上野公園(後の上野恩賜公園)を主な会場として開催された博覧会。総裁は閑院宮戴仁親王殿下が務められた。 上野公園地の台地上に設けられた第一会場には既存の博物館、美術館の… 続きを読む

島津彦蔵

 安政6年ころ島津茂兵衛長男として青森県南津軽郡山形村大字温湯字新道に生まる。島津家は代々温湯の古い木地師で、津軽こけしの探求者木村弦蔵(木村弦三)によれば津軽系の木地師は戦国時代から元禄時代にかけて山形地方から移住した… 続きを読む