〔人物〕 大正15年11月7日山形市六日町(通称新築西通り)木地業小林清蔵の長男として生まれる。小林忠次郎は6歳年少の弟。小学生時代からロクロに上り木地を挽いていた。昭和13年頃より父の指導でこけしの描彩も始めた。昭和1… 続きを読む
〔人物〕 大正15年11月7日山形市六日町(通称新築西通り)木地業小林清蔵の長男として生まれる。小林忠次郎は6歳年少の弟。小学生時代からロクロに上り木地を挽いていた。昭和13年頃より父の指導でこけしの描彩も始めた。昭和1… 続きを読む
〔人物〕 明治21年8月19日、宮城県刈田郡八宮村(現在白石市弥治郎)新山久治郎・さとの長男に生まれる。弟に久之助、勇、福太郎、左内がいたが、久之助、勇は夭折した。 久治の家は祖父久蔵が、文久元年に新山友蔵家… 続きを読む
〔人物〕 明治13年12月3日、山形県最上郡小国村瀬見温泉の鮎獲り漁夫庄司三蔵・ハツの最初の男児としに生まれる。腹違いの兄がいたが小学校登校時に渡し船の事故で溺死、腹違いの姉は吟之助を婿に取り分家した。明治27年15歳で… 続きを読む
〔人物〕 昭和2年11月21日、秋田県由利郡相馬郡鳥海町の柴田良治・ハナの二男に生まれる。昭和21年に木地業を志し、原ノ町の高橋忠蔵の弟子となって木地の修業を行った。昭和23年師忠蔵の三女昌子と結婚、養子縁組をして高橋姓… 続きを読む
〔人物〕 昭和24年5月23日福島県西白川郡矢吹町に農業、井上正・セツの三男として生まれる。昭和47年3月に神奈川大学第二経済学部を卒業、日本電信公社(現NTT東日本)入社。平成18年6月から公募でスタートした土湯伝統… 続きを読む
〔人物〕 大正8年11月27日、宮城県刈田郡宮村下別当の農業我妻金吉、いのの次男に生まれる。長兄は市三郎、我妻市助は市三郎の長男である。子供のころに一家が青根に移ったため、遠刈田尋常小学校に就学し卒業した。最初は父に従っ… 続きを読む
宮城県横川(現在の刈田郡七ヶ宿町横川)の.小椋栄三郎の弟。弥治郎の佐藤東吉、なみの婿となり別家した。熊治夫妻の入った家は弥治郎の佐藤春治(天保8年8月22日没)が天明の飢饉の時に米沢へ去り、再び弥治郎へもどってきて建てた… 続きを読む
〔人物〕明治42年2月28日、岩手県和賀郡沢内村大野の農業石川宮蔵(昭和19年没、75歳)、アサノの三男に生まれた。大正11年に一家で川崎市へ出稼ぎに出て、父母は富士紡績㈱に勤めたが、翌12年に母アサノが44歳で亡くなっ… 続きを読む
明治29年ころ、山形市に生まれた。父は旅館業を営んでいた。山形の小林吉太郎に師事して木地を修業し、年期が明け後入隊した。除隊後山形市の藤倉栄三郎機料店で働き、大正9年ころ北寺町の味田桶店の娘と結婚、山形の寺町大宝寺の近く… 続きを読む
〔人物〕 明治37 年1月20日、宮城県刈田郡七ヶ宿村稲子の林業大葉与一郎・やす長男として生まれる。大正7年・8年の2冬に宮城縣の後援・補助金により開かれた稲子木地講習会で佐藤松之進より講習を受け修業した。こ… 続きを読む