〔人物〕昭和18年10月7日、山形県西村山郡河北町(谷地)の奥山広三の長男に生まれる。昭和34年より父の広三について木地を学んだ。雑器や日用品、玩具などを作ったが、この時期こけしは作っていない。昭和36年より第一貨物株式… 続きを読む
〔人物〕昭和18年10月7日、山形県西村山郡河北町(谷地)の奥山広三の長男に生まれる。昭和34年より父の広三について木地を学んだ。雑器や日用品、玩具などを作ったが、この時期こけしは作っていない。昭和36年より第一貨物株式… 続きを読む
〔人物〕 大正9年1月14日福島市立子山の佐久間久吉・マツエ長女として生まれる。昭和17年12月伊達郡川俣町日和田の佐久間義雄(二代目虎吉)と結婚、後に哲・京子・英二の二男一女を儲けた。昭和35年頃、たまたま描彩していた… 続きを読む
〔人物〕 昭和34年5月26日、宮城県白石市福岡八宮弥治郎の新山左京の長男に生まれる。昭和52年より祖父の新山左内、父の左京について木地を学び、こけしを作り始めた。昭和56には江戸独楽の技術について広井道顕の指導を受けた… 続きを読む
〔人物〕 昭和34年6月30日、福島県土湯温泉の木地業西山憲一・キヨの三男に生まれる。 昭和53年3月福島県立福島商業高校を卒業後、飯坂温泉のホテル聚楽㈱に入社、昭和55年転職して東北ムネカタ㈱で働いた。平成… 続きを読む
〔人物〕明治43年3月5日、宮城県玉造郡鳴子の木地業秋山耕作、とらよの長男に生まる。大正2年ごろより一家で南津軽郡蔵館に移り、さらに大正5年ごろ大鰐へ移った。大正12年に一家は鳴子へ帰り、鳴子で父耕作について木地を修業し… 続きを読む
〔人物〕 大正14年6月12日、福島県会津若松市栄町の商業斎藤栄作六男として生まれる。昭和15年尋常小学校卒業後は会津若松市内で働いたが17年に東京の軍需工場に、その後工場疎開で福井へ向かう。戦後は会津若松へ戻りアルマイ… 続きを読む
〔人物〕 大正15年9月9日、宮城県刈田郡七ヶ宿町滑津の農業小島長三郎の長男に生まれる。昭和16年16歳の時、滑津の東北工芸五十嵐木工所にて鳴子の鈴木庸吉について木地を学んだ。昭和20年に年季明けして、昭和25年より独立… 続きを読む
〔人物〕 昭和5年12月18日刈田郡宮村遠刈田新地の木地師、佐藤治平七男として生まれる。遠刈田国民学校卒業後実家で農業の手伝いをし、また徴用で働いたが、昭和21年より父治平につき足踏み轆轤で木地を修業した。同じ時期に北岡… 続きを読む
戦前から昭和の年代にわたり、こけし界をリードしたこけし研究家・蒐集家西田峯吉のコレクションを中心に展示する記念館。 自分のコレクションをこけしの故郷に残したいという西田峯吉の意思を汲んだ公益財団法人東邦銀行教育・文化財団… 続きを読む
〔人物〕昭和17年3月30日、宮城県弥治郎出身の新山定雄、スイの次男に生まれた。父の定雄は弥治郎の新山久治郎の4男にあたる。新山久治、福太郎、左内は勝洋の伯父である。 従来の文献では名前を「勝祥」として紹介されたことが多… 続きを読む