〔人物〕 明治27年7月11日、山形県最上郡大蔵村肘折の農業横山政治の長男に生まれる。叔父の横山新助は柿崎藤五郎の弟子であった。明治40年14歳で肘折河原湯の近くで木地を挽いていた佐藤周助について技術を習得した。この時… 続きを読む
〔人物〕 明治27年7月11日、山形県最上郡大蔵村肘折の農業横山政治の長男に生まれる。叔父の横山新助は柿崎藤五郎の弟子であった。明治40年14歳で肘折河原湯の近くで木地を挽いていた佐藤周助について技術を習得した。この時… 続きを読む
〔人物〕 大正15年5月23日、米沢市木挽町の農業梅津市太郎の長男に生まれる。高等小学校を卒業した昭和14年14歳で米沢市信濃町の米沢航空分工場に就職、配属された木工部でその教官小林吉太郎に木地を習った。 昭和18年に… 続きを読む
〔人物〕嘉永5年2月28日、宮城県刈田郡宮村八巻佐蔵の三女に生まれた。弥治郎の新山栄七の妻となり、長男栄五郎、二男栄助を生んだ。二人挽き時代には栄七の綱とりをし、また描彩も行ったという。栄五郎も木地修業の最初の年は、挽い… 続きを読む
岩手県花巻市の郷玩文具店主。地方の博覧会などにイミテーションのこけしなどを発表したので一時こけし作者と誤伝された。そのこけしは花巻の無名の木地師に作らせ、金子庫三名義で出品したものであるが、その木地師が明確… 続きを読む
〔人物〕 明治38年3月30目、福島県信夫郡庭塚村の農業佐藤善四郎・米子の次男に生まれる。大正7年3月庭塚尋常小学校卒業。太治郎の次女のきみと結婚し、土湯の会津屋に勤務した。昭和5、6年ころ土湯に土産物店を開… 続きを読む
〔人物〕 昭和9年5月14日、県の土木技師 小石沢寅義・ヒデヲの次男として福島県信夫郡渡利に生まれる。昭和26年3月吾妻中学校を卒業。本多信夫が経営していた泉屋物産店で菓子の製造を手伝った。このころ岩本芳蔵の弟子であった… 続きを読む
〔人物〕 明治24年4月5日、鳴子湯元大沼甚三郎・ときの四男に生まる。鳴子尋常高等小学校卒業後、明治38年15歳より中山平の長兄大沼岩蔵について木地を習得した。秋山忠は中山平時代の兄弟子である。明治41年18… 続きを読む
遠刈田で木地を修業したらしいが、師匠等はわからない。昭和3、4年ころから福島の管野菊好堂で 佐藤静助と共に職人として働いた。その後福島の小幡福松方でも働いたことがある。昭和15年ころ没したという。 現在福島県北白川の遺族… 続きを読む
〔人物〕 昭和53年1月8日、青森県黒石市浅瀬石の北山盛治の長女に生まれる。裕美は次妹。平成15年より木地の修業を始め、平成16年4月からこけしの製作を始めた。 平成20年ころまでは盛んに作り、注文にも誠実に応えていた。… 続きを読む
〔人物〕昭和27年10月9日、福島県福島市土湯温泉町の阿部勝英、シナの長男として生まれた。敏道は義兄にあたる。阿部勝英に師事して木地を習い、描彩を母シナから習って、こけしの製作を始めた。 〔作品〕父の勝英は昭和43年頃か… 続きを読む