菊地勝三郎

宮城県柴田郡川崎村川崎の出身。明治7年頃の生まれ。青根の菊地きよし戸籍名きよは姉にあたり、きよしの婿が茂平(安政松年頃の生まれ)である。きよし、茂平夫婦の養子に山形出身できよしの甥にあたる孝太郎が入った。勝三郎は明治19… 続きを読む

佐藤洋子

〔人物〕昭和17年7月16日千葉県大原に生まれる。実家は養鶏業を営む。 昭和43年に当時川崎市の日本鋼管に勤めていた佐藤英太郎と結婚、昭和44年7月には長男直英が生まれた。昭和44年8月夫英太郎は、東京のこけし店たつみの… 続きを読む

天江富弥

大正期から昭和期にこけしを体系的に収集した。昭和3年に〈こけし這子の話〉を刊行し、こけし、作者、産地、その系統というその後のこけし蒐集、研究活動の基本となる四要素とその枠組み(Framework)を規定して議論した。 〔… 続きを読む

簗川岩視

〔人物〕明治44年頃、山形県南置賜郡南原村の村長簗川岩男四男として南原笹野(現在米沢市)に生まれた。岩視は昭和の初めに芳泉の堀実のところへ遊びに行っているうちに趣味で木地挽きを始めた。その後、工場に雇われてボビンと機業関… 続きを読む

小沢一蛙

明治から昭和にかけての趣味人。特に蛙に関わるものの蒐集を行った。趣味人たちとの交流も多く、こけし蒐集家との接点も多い。 明治9年、東京日本橋に生まれた。本名は小澤幸太郎。内閣印刷局(造幣局第一証券課)に勤め、趣味の蛙の蒐… 続きを読む

石川功

〔人物〕  昭和11年5月30日、農業、石川国三郎・ハルミの長男として猪苗代町に生まれる。昭和27年翁島中学校卒業後、林業及び木炭作りに従事した。その後、資格を取って歯科技工士として働いた。 昭和37年鈴木秋子と結婚した… 続きを読む

佐藤茂利治

明治40年11月4日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の佐藤茂吉五男に生まれた。大正10年ころから兄の佐藤円吉について、木地を修業した。一人前となって及位の佐藤文六の駅前工場に行って働き、その後仙台の兄孝之助の工場で職人をした… 続きを読む

宮城県博覧会

明治10年には上野で第1回内国勧業博覧会が開催されたが、前後して各地においても博覧会や共進会が行われていた。明治13年には仙台においても博覧会が開催された。 仙台市史には下記のように紹介されている。 「明治13年8月8日… 続きを読む

大沼正人

〔人物〕昭和39年5月30日、宮城県玉造郡鳴子町上鳴子のこけし工人大沼健伍、美和子の長男に生まれる。昭和58年20歳より父の大沼健伍についてこけし製作を学び、こけしの製作を始めた。   〔作品〕祖父健三郎、父健… 続きを読む

緑川正人

〔人物〕大正15年3月4日、宮城県伊具郡郷倉の商業緑川茂夫の長男に生まる。尋常高等小学校卒業後、予科練に入り、終戦。昭和27年ころから遠刈田の大宮正男の工場で新型の下請けをしていた。木地挽きはここで習得したが、昭和40年… 続きを読む