〔人物〕 大正15年8月20日、佐藤丑蔵、たまよの次男として遠刈田新地に生まれる、後に光保と改名。戦中は航空関係の技術者として徴用されていたが、戦後の昭和21年より木地挽きを始める。昭和30年頃より佐藤栄一らと共に遠刈田… 続きを読む
〔人物〕 大正15年8月20日、佐藤丑蔵、たまよの次男として遠刈田新地に生まれる、後に光保と改名。戦中は航空関係の技術者として徴用されていたが、戦後の昭和21年より木地挽きを始める。昭和30年頃より佐藤栄一らと共に遠刈田… 続きを読む
明治 42年に集古会の会員の中で、清水晴風、林若樹、久留島武彦、坪井正五郎、西澤仙湖など特に人形玩具を愛好するメンバーによって 結成された集まり。 人形玩具に関する知識の交換を目的とした小さな会で、会合も会員の自邸の持ち… 続きを読む
〔人物〕元治元年8月18日、羽前国南村山郡高湯村の岡崎嘉平治、可能(かの)の二男に生まれた。嘉平治と久作父子は、蔵王高湯の果実を持って蔵王山を越えて商い、帰りには魚等の海産物を仕入れて蔵王高湯で商っていた。その途上、久作… 続きを読む
〔人物〕文久3年4月13日、山形県西村山郡谷地町甲七五番地の大工奥山養吉の二男に生まれた。寺子屋で菊田大全に学んだ。明治11年ころ山形市十日町の小林倉治の弟子となり、木地を修業した。神尾長三郎は兄弟子、鈴木米太郎は弟弟子… 続きを読む
〔人物〕山形県鶴岡市七日町の玩具作者。明治15年に千安京田の村長大滝五右ェ門の家に生まれる。一時東京の大きな農園の仕事を手伝っていたが、大正初期に鶴岡に戻り、上京中に覚えた装飾の技術を生かして当時盛んに開催された物産会の… 続きを読む
〔人物〕 昭和9年7月20日、福島県土湯温泉に生まれる。養蚕山林業今泉初治、サダの長男。山根屋の渡辺作蔵の二女サイ(渡辺角治の妹)は明治39年に今泉源蔵の嫁となり、その子が初治であるから、源治は作蔵の曽孫に当たる。祖父源… 続きを読む
〔人物〕昭和6年2月4日、工業長尾市十郎の二男としてパラオに生まれる。戦後日本に引き揚げて来て、昭和22年17歳の時遠刈田の佐藤吉之助について3年間木地の修業を行った。その後、吉之助の工房で働いたが、昭和48年に吉之助が… 続きを読む
〔人物〕 明治15年11月1日、宮城県加美郡宮崎村に生まる。母は鳴子の高野幸八の姉。明治29年15歳で鳴子に移り、叔父幸八のもとで木取りや漆塗りを手伝っていたが、 明治31年17歳の夏より幸八について一人挽き… 続きを読む
〔人物〕昭和27年10月9日、福島県福島市土湯温泉町の阿部勝英、シナの長男として生まれた。敏道は義兄にあたる。阿部勝英に師事して木地を習い、描彩を母シナから習って、こけしの製作を始めた。 〔作品〕父の勝英は昭和43年頃か… 続きを読む
大正3年3月20日から7月31日まで、東京府が主催し、上野公園(後の上野恩賜公園)を主な会場として開催された博覧会。総裁は閑院宮戴仁親王殿下が務められた。 上野公園地の台地上に設けられた第一会場には既存の博物館、美術館の… 続きを読む