相沢たま子

〔人物〕生年月日不明。白石のこけし販売業宮城物産で扱ったこけしの描彩者。 鳴子系のこけしの描彩を行った。宮城物産の職人の木地に描彩したと思われる。 〔作品〕鳴子の一般的な様式の菱菊のこけしを作った。 〔24.0cm(昭和… 続きを読む

斎藤太治郎

〔人物〕 明治2年11月1日、福島県土湯温泉の東屋旅館の斎藤幸吉・ときの二男に生まれる。 父の旅館は兄の孝之介が継いだので、太治郎は学校卒業後、手に職を就けるべく明治19年より22年まで西山辨之助について木地修業をした。… 続きを読む

志田五郎八

〔人物〕 明治17年2月24日、山形県西村山郡西川町大字大井沢116に生まる。 農業志田五郎八・貞よの長男。元来は善見といったが、二代目五郎八として昭和23年6月戸籍名も変更した。平将門の臣志田弾正の子孫だという。 明治… 続きを読む

渋谷安治

〔人物〕昭和15年4月16日生。昭和31年より宮城県鳴子温泉の及川正夫商店の職人となり、佐藤俊雄の指導により木地を修得した。こけし作りは見取り学問である。昭和33年11月発行の〈こけしガイド〉の初版で写真紹介された。昭和… 続きを読む

阿部薫

〔人物〕  昭和20年10月26日、天童市大字高木の農業、阿部健司・みわの次男に生まれる。昭和39年3月山形県立村山農業高等学校農業科を卒業後、大手上場会社に就職した。昭和43年11月神尾豊子と結婚。豊子は、神尾長三郎・… 続きを読む

我妻庄三郎

遠刈田のこけし工人我妻信雄の父。 明治30年12月30日、宮城県刈田郡遠刈田の我妻庄吉の二男に生まれた。父は篭山金山の人夫頭で後 に旅館を経営した。大正6年吉田峻治の木工所で行なわれた宮城県主催の木地講習会の受講者の一人… 続きを読む

今晃

〔人物〕昭和28年4月23日 秋田県大館市の公務員今一郎の長男に生まれる。高校時代までは陸上競技をやっており、図画工作は得意ではなかった。昭和43年高校3年の9月に、「大湯のこけしの継承者がいない」という新聞記事を読んで… 続きを読む

伊藤作兵衛

〔人物〕山形県蔵王温泉の商店主。昭和30年代半ばに山寺の石山和夫を職人として招いて蔵王高湯系式のこけしを作らせて販売した。こけしは伊藤作兵衛名義で売られていた。和夫が山寺に帰ってからも同趣の作を依頼して作らせ、取り寄せた… 続きを読む

我楽他宗

第1次世界大戦後から昭和期戦前ころにかけて存続した収集趣味家たちの交遊会名。寺号をそれぞれ雅号とする好事家の集団で提唱者は三田林蔵。三田は明治42年ころ自家を「趣味山平凡寺」として「我楽多宗」と称したが、大正8年末寺十ヶ… 続きを読む

小原直治

〔人物〕  明治2年10月17日、遠刈田新地の佐藤周右衛門三男に生まる。明治14年より父周右衛門につき二人挽きロクロを修業、同18年兄寅治が田代寅之助の弟子となって一人挽きロクロを学んだ後は、寅治より一人挽きを習得した。… 続きを読む