新山民夫

〔人物〕 昭和34年5月26日、宮城県白石市福岡八宮弥治郎の新山左京の長男に生まれる。昭和52年より祖父の新山左内、父の左京について木地を学び、こけしを作り始めた。昭和56には江戸独楽の技術について広井道顕の指導を受けた… 続きを読む

武田正志

〔人物〕昭和5年7月9日、山形県米沢市大町のこけし工人武田卯三郎の三男に生まれる。武田信吉は次兄、コウは妹である。米沢商業学校卒業後、昭和23年より米沢市住ノ江町の父の工場で、卯三郎について木地の修業を始めた。昭和28年… 続きを読む

高橋宣直

〔人物〕昭和37年4月22日、宮城県玉造郡鳴子町のこけし工人高橋正吾の二男に生まれる。昭和60年24歳より父正吾について木地の修業を始めた。こけしの製作発表は昭和60年8月からである。 高亀の伝統を引く正統的な工人として… 続きを読む

佐藤佑一

〔人物〕昭和18年9月21日、満州の教員佐藤正男の長男に生まれる。戸籍名は佐藤佑一であるが作品には佑介、佑助と署名することがある。戦後に一家は帰還して北海道に住んだ。昭和53年にこけしの魅力にひかれ、岩手県湯田の小林定雄… 続きを読む

佐藤すづ子

〔人物〕昭和18年1月12日、宮城県古川の農業早坂俊征の四女に生まれる。昭和39年6月鳴子のこけし工人佐藤賀宏と結婚、夫の指導を受けて仕事を手伝ううちに、昭和45年頃よりこけしの描彩を始め、すづ子名義のこけしを出すように… 続きを読む

佐藤重一

〔人物〕昭和11年9月7日、宮城県柴田郡川崎町青根の土産物、挽物業の佐藤貢の長男に生まれた。 昭和30年より父貢につき木地挽きを修業、このころより旧型こけしを製作。昭和32年、遠刈田中学校卒業後も継続して木地を挽いていた… 続きを読む

佐久間勝

〔人物〕  明治38年3月20日、佐久間沢次郎・シモの長男として、土湯村字杉ノ下六三に生まる。大正9年ころ、野地温泉の叔父嘉吉に入門。短期間木地の指導を受けた。相弟子に佐藤佐志馬、勝の弟の佐久間弥がいた。昭和の… 続きを読む

今野かしく

〔人物〕昭和6年10月2日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の木地業佐藤好秋、しづえの長女として生 まれた。昭和23年3月遠刈田中学校卒業、同25年に父の好秋についてこけしの描彩を習った。 昭和33年好秋の弟子であった今野幹夫… 続きを読む

近藤政光

〔人物〕大正3年11月28日、山形市の会社員近藤政蔵の長男に生まれる。尋常高等小学校卒業後、山形市内の印刷屋に勤めた。昭和8年看護兵として入隊した。昭和11年除隊し、神奈川県鶴見市の東京芝浦製作所で働いたが、同所木型部に… 続きを読む