タグ別アーカイブ: 沢口吾左衛門文書

大沼熊治郎

〔人物〕明治9年9月15日、鳴子大沼善三郎(通称栄五郎)の二男に生まる。父善三郎は大沼駒蔵の長男で弟に栄三郎がいた。父栄五郎は沢口吾左衛門文書の木地挽きの部にその名を見ることができる。熊治郎は父栄五郎より木地技術を習得。… 続きを読む

高橋定助

〔人物〕明治6年11日26日、宮城県桃生郡野蒜村(松島の北)の土木監督局工夫 手代木新吉、いをの子に生まれた。いをは鳴子の木地師横谷善作の三女である。 3歳のとき伯父横谷善治(善作長男)の養子となったが、8、9歳のとき養… 続きを読む

沢口悟一

大正から昭和にかけて活躍した鳴子出身の漆工芸研究家。 明治15年3月19日、宮城県玉造郡鳴子に生まれる。父は鳴子漆器改良組合長であった沢口吾左衛門。東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業。東京工業試験所に所員として務めた… 続きを読む

沢ロ吾左衛門文書

明治21年4月、鳴子漆器改良組合長沢口吾左衛門は、宮城県知事に鳴子の各種職工、生産額および販路に関する報告書を提出した。その控えとして手元に残していたものが西田峯吉によって〈鳴子・こけし・工人〉に掲載紹介された。その控え… 続きを読む