タグ別アーカイブ: 佐藤喜一

加山道之助

明治中期に、こけしを集めた横浜の蒐集家。橋田素山と並んで極初期の玩具蒐集家である。 こけしも古いものを多く集めていたがその殆どを関東大震災で焼失した。焼失したこけしの中には高野幸八もあったという(佐野健吉談)。下掲の飯坂… 続きを読む

鎌田孝志

〔人物〕 昭和28年9月6日、宮城県白石市のこけし工人鎌田孝市、うめ子の長男に生まれる。鎌田悦子は姉にあたる。昭和49年暮より祖父の鎌田文市、父の孝市について木地の修業を始めた。描彩については母うめ子の指導も受けた。昭和… 続きを読む

新山吉紀

〔人物〕 昭和35年11月3日宮城県白石市福岡八宮字弥治郎の木地業新山吉太郎の長男に生まれる。昭和47年12月より父の吉太郎が新山福雄について木地の修業をはじめたので、吉紀も昭和49年ころより木地の練習をするようになった… 続きを読む

佐藤喜一

〔人物〕  明治27年8月24日、福島県信夫郡飯坂町十綱町八幡屋佐藤栄治・クラの長男に生まれる。父栄治について木地を修業し、明治42年16歳のころからこけしを作り始めたという。喜一名儀のこけし写真を最初に紹介し… 続きを読む

佐藤栄治(飯坂)

〔人物〕慶応元年4月10日、宮城県刈田郡八宮村九番地(現在の弥治郎)農業毛利丈助、はるの四男に生まれた(母の名をタケとする説もある)。長兄三治、さらに慶吉、重五郎の兄がいた。明治9年父の丈助が亡くなり、長兄三治が家督を継… 続きを読む

一部のこけしには、鬢の後方に赤線や墨でごく抽象的に耳状の飾りを描いたものや、墨で具象的・写実的に耳を描いたものがある。これらには、工人が意図的に耳として描いたものと、鬢の飾りのつもりで描いたものを、蒐集家が俗称「耳」と呼… 続きを読む