タグ別アーカイブ: 小原直治

我妻信雄

〔人物〕昭和7年8月18日、遠刈田の木地師我妻庄三郎の三男に生まれる。父の庄三郎は、大正6年宮城県主催の木地講習会で吉田畯治について木地を習得している。信雄は、昭和23年遠刈田中学校卒業後、昭和25年より遠刈田の佐藤守正… 続きを読む

菊地孝太郎

〔人物〕明治28年1月29日、山形県に生まる。大宮儀七・ユキの子。6歳のとき青根の木地業菊地茂平・きよの養子となった。義父の茂平は中年になってから青根の佐藤久吉の弟子となり、茶筒、盆などを挽いた工人であった。 明治40年… 続きを読む

小原直治

〔人物〕  明治2年10月17日、遠刈田新地の佐藤周右衛門三男に生まる。明治14年より父周右衛門につき二人挽きロクロを修業、同18年兄寅治が田代寅之助の弟子となって一人挽きロクロを学んだ後は、寅治より一人挽きを習得した。… 続きを読む

朝倉英次

〔人物〕 明治44年1月1日宮城県刈田郡遠刈田新地の木地師佐藤周吾・イシの二男に生まれる。佐藤静助は長兄にあたる。 大正12年遠刈田高等小学校高等科を2年で中退し、父周吾が働く北岡木工所に入って木地修業を始めた。北岡では… 続きを読む

佐藤守正

〔人物〕大正15年12月4日、福島市大町の木地業佐藤静助の長男に生まれる。父佐藤静助は遠刈田の佐藤周右衛門の直系曾孫にあたるが、大正14年より福島に出て菅野菊好堂の職人を勤めていた。昭和12年には曾根田町で独立開業したが… 続きを読む

佐藤一夫(遠刈田)

〔人物〕 昭和11年1月1日佐藤米蔵の長男として神奈川県鶴見に生まれる。この時、父の米蔵は旭硝子に勤めて鶴見にいた。昭和20年一家は遠刈田へ戻った。一夫は学校を終えて昭和26年15歳の時、遠刈田の北岡木工所に入って木地挽… 続きを読む

小笠原義雄

〔人物〕 昭和11年1月22日遠刈田温泉、小笠原久作二男に生まれる。生まれた家は寿町の通称六軒長屋とよばれ、隣家には佐藤豊治とその息子たち、三蔵・里見が住んでいた。中学校を卒業後、郵便局に勤めたが、配達の最中に犬に噛まれ… 続きを読む

佐藤周右衛門

〔人物〕 天保3年4月14日、佐藤亥之松の長男として刈田郡宮村(遠刈田新地)に生まれる。戸籍上では佐藤七右衛門長男となっているが、七右衛門は周治郎家の家号で、通称亥之松という。木地挽きの修業開始年代は不明だが、二人挽き時… 続きを読む

佐藤英太郎

〔人物〕昭和14年8月13日遠刈田新地、佐藤秀一、ハルヨの長男として遠刈田新地に生まれる。父秀一は昭和19年に戦死したため、大黒柱を失った一家の生活は大変だったという。なお戦時中に出征中の秀一家を訪ねた菅野新一の文に「絵… 続きを読む