カテゴリー別アーカイブ: 鳴子系

加藤正美

〔人物〕大正14年6月16日、宮城県一迫の佐藤民雄の長女に生まれる。鳴子の国鉄会社員加藤信一と結婚した。夫の信一は定年退職後鳴子の大沼純の指導を受けてこけしを製作するようになったので、正美も昭和55年頃よりこけしの描彩を… 続きを読む

小島長治郎

〔人物〕 大正15年9月9日、宮城県刈田郡七ヶ宿町滑津の農業小島長三郎の長男に生まれる。昭和16年16歳の時、滑津の東北工芸五十嵐木工所にて鳴子の鈴木庸吉について木地を学んだ。昭和20年に年季明けして、昭和25年より独立… 続きを読む

大場政彦

〔人物〕昭和15年10月3日、宮城県鬼首上蟹沢の農業大場勇蔵の次男に生まれる。昭和31年7月1日に鳴子温泉の高亀に入門し、高橋武男、正吾兄弟に木地を習う。須貝国男は兄弟子、横山悠久雄 は弟弟子。昭和35年頃より、こけしの… 続きを読む

大沼美和子

〔人物〕昭和19年2月22日生まれ。宮城県鳴子町上鳴子のこけし工人大沼健伍に嫁し、昭和39年に長男正人を生んだ。家業を助ける中で、昭和50年頃より夫健伍や舅の健三郎に描彩を習うようになり、美和子名義のこけしを作るようにな… 続きを読む

大沼正人

〔人物〕昭和39年5月30日、宮城県玉造郡鳴子町上鳴子のこけし工人大沼健伍、美和子の長男に生まれる。昭和58年20歳より父の大沼健伍についてこけし製作を学び、こけしの製作を始めた。   〔作品〕祖父健三郎、父健… 続きを読む

大沼孝一

〔人物〕昭和22年11月8日、宮城県玉造郡鳴子町の大沼岩治の三男に生まれる。昭和38年より桜井昭二について木地を学び、「さくらい」の職人を務めた。相弟子に及川勝範(吉田姓に変わった)がいた。 平成16年8月8日没、行年 … 続きを読む

海老名一郎

〔人物〕昭和22年1月24日、山形県村山市楯岡の公務員海老名米次郎の長男に生まれた。平成3年45歳より楯岡の東沢公園内の工房でこけしを作っていた土谷幸作に師事して木地の技術を習得した。平成8年10月より自分のこけしを発表… 続きを読む

秋山忠男

〔人物〕 昭和17年11月7日、宮城県玉造郡鳴子町の木地業秋山忠市・かうの長男に生まれる。昭和36年県立古川高等学校を卒業、父忠市について木地を修業した。昭和40年頃よりこけしの製作を始めた。昭和45年4月東京こけし友の… 続きを読む

秋山忠三郎

〔人物〕大正7年鳴子の秋山忠、やよ江の三男に生まれた。秋山忠市は長兄。昭和7年に鳴子尋常高等小学校を卒業後、トタン屋の職を2年ほど勤めた。昭和16年22歳頃より父忠について木地の技術を習得した。昭和18年川崎の日本鋼管株… 続きを読む

秋山かう

〔人物〕大正6年2月1日生まれ。宮城県玉造郡鳴子町の秋山忠市の妻女。秋山忠男の母にあたる。 夫の忠市は昭和18年に応召、22年に復員してこけしの製作を再開したが、そのころ忠市の木地にかうも描彩をしたことがある。数は多くな… 続きを読む