カテゴリー別アーカイブ: 土湯系

北村守雄

〔人物〕大正14年6月2日に生まれた。会津若松の工芸指導所において、技師であった安藤良弘の指導を受け木地業についた。福島県南会津郡下郷町弥五島塔のへつりにてこけしの製作を始めた。家族全員によるこけしの製作である。長女寿万… 続きを読む

佐藤敬弥

明治26年、福島県伊達郡小国村で生まれた。高橋忠蔵の遠縁の人で飯坂鯖湖の渡辺角治の弟子となった。3年間〈土湯木でこ考〉、または7年間〈こけし木地師の周辺双書・2〉弟子として修業につとめたが、忠蔵より1年後、大正8年に辞め… 続きを読む

佐久間伝六

〔人物〕昭和6年10月21日、福島県伊達郡川俣町日和田の木地業佐久間太市、マスエの六男に生まれた。昭和20年3月川俣国民学校高等部を卒業、同年8月に福島瀬上で終戦を迎えた。その後、父について木地を修業し、川俣織物工場にお… 続きを読む

長沢延太郎

生年月日不明。福島市に生まれ、明治40年代に約7年間飯坂鯖湖の渡辺角治の弟子となった。高橋忠蔵と共に働いた。その後転業して福島で風呂屋を開業した。詳細の経歴は不明である。作品も確認されていない。

杉浦健治

福島県飯坂の人。健治の父が義太夫を通じて八幡屋佐藤応助と懇意であった。そこで応助の養子佐藤栄治の紹介を受け、明治31年20歳で栄治の師遠刈田の佐藤応助について木地を修業した。〈こけしの追求〉に採入された根本与市の聞き書き… 続きを読む

佐久間芳衛

〔人物〕明治31年2月5日、佐久間由吉、フミの長男として福島市北町に生まれた。父の由吉は土湯湊屋の長男であったが、明治29年3月渡辺作蔵の長女フミと結婚して福島に出て独立し、北町で木地工場を開設していた。芳衛は幼時より父… 続きを読む

半澤正則

〔人物〕昭和29年7月25日に会社員の半澤五郎、アサの長男として郡山市中田町高倉字宮ノ脇に生まれる。昭和48年3月に日大東北工業高等学校機械科を卒業し、就職した。昭和52年3月に星いよ子と結婚した。 日東グラスファイバー… 続きを読む

本多淳嗣

〔人物〕昭和36年2月16日、福島県中ノ沢の本多洋、芳子の三人兄弟の長男として生まれる。昭和58年3月に山梨大学教育学部を卒業して教員となった。現在は須賀川市立西袋第二小学校の校長を務めている。 淳嗣が小学生の頃は、父の… 続きを読む

渥美寿雄

〔人物〕昭和2年6月29日、福島県中ノ沢温泉の渥美輝雄、ミトリの三人兄弟の長男に生まれる。寿雄の正式表記は壽雄。渥美家は元来山形藩の士族出身で、輝雄は山形市で生まれ、旧制喜多方中学を卒業後日本硫黄株式会社(沼尻鉱山)の技… 続きを読む

佐久間源六

明治16年9月26日福島県信夫郡土湯村字下ノ町の木地業佐久間浅之助、ノエの四男に生まれた。父の浅之助について木地を修業した。 こけしも挽いたといわれる。身体が弱く、明治42年8月27歳のとき下の湯で卒中のため亡くなった。… 続きを読む