井上周治の家の家名 → 井上周治
カテゴリー別アーカイブ: 工人
今泉源治
〔人物〕 昭和9年7月20日、福島県土湯温泉に生まれる。養蚕山林業今泉初治、サダの長男。山根屋の渡辺作蔵の二女サイ(渡辺角治の妹)は明治39年に今泉源蔵の嫁となり、その子が初治であるから、源治は作蔵の曽孫に当たる。祖父源… 続きを読む
南條徳右衛門
徳右衛門の名前が出たのは〈鴻・3〉および〈こけし手帖・33〉で、いずれも山形小林倉治が木地を習った作並の師匠としてである。但しこの時、姓は岩松で岩松徳右衛門となっていた。 高橋五郎の追求で「萬挽物扣帳」(岩松直助文書)が… 続きを読む
小林倉治
〔人物〕弘化2年11月23日、山形市旅籠町の紅屋清蔵の二男としてに生まれる。実家は本来小林姓であったが旧城主最上家と因縁のある小林姓は使いづらく、屋号で名乗っていたらしい。祖父は塩肴漬物商で鹽屋、父清蔵は紅花商を営み、紅… 続きを読む
金山文太郎
明治32年、山形県真室川町釜淵の木地業金山文治郎の長男に生まれた。父の文治郎は山形県五百川村白倉出身の木地師であった。文治郎の木地の修業経歴は不明である。 文太郎は車の玉、机や椅子の脚などが専門で、こけしは一切作らなかっ… 続きを読む
丹野辰彦
明治37年1月2日、軍人丹野辰治の長男として山形市香澄町に生まれた。大正5年小学校を卒業し、山形の小林倉治方に入門、倉治は大正に入って殆どロクロに向かわず、大正7年に没しているので、実際には長男倉吉の指導を受けた。小林栄… 続きを読む
佐久間浅之助
〔人物〕 弘化4年12月22日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町の稲荷屋佐久間弥七、タカの長男に生まれる。戸籍表記は淺之助。母タカは二階堂藤四郎の二女。稲荷屋は祖先の作兵衛の時代に二本松往復時、狐に助けられたのにちなみ命名して… 続きを読む
佐久間七郎
〔人物〕明治18年4月1日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町の木地業湊屋の佐久間浅之助、ノエの五男に生まれる。〈こけし辞典〉記載の生年月日は弟米吉と混同しており誤りである。長兄由吉、以下粂松、常松、源六の兄が居り、弟に米吉、虎… 続きを読む
佐久間米吉
〔人物〕明治19年12月12日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町28の湊屋佐久間浅之助、ノエの六男として生まれる。長兄は由吉、以下粂松、常松、源六、七郎と続く兄が居て、弟に虎吉がいた。 明治35年、17歳から父浅之助について木… 続きを読む
高橋定助
〔人物〕明治6年11日26日、宮城県桃生郡野蒜村(松島の北)の土木監督局工夫 手代木新吉、いをの子に生まれた。いをは鳴子の木地師横谷善作の三女である。 3歳のとき伯父横谷善治(善作長男)の養子となったが、8、9歳のとき養… 続きを読む