〔人物〕昭和3年9月10日、農業佐藤惣明の五男に生まれた。昭和50年10月48歳の時から、篠木利夫について木地の技術を学んだ。福島市岡部に住んで、平成13年9月80歳を過ぎてから翁龍名義のこけし作品を発表するようになった… 続きを読む
〔人物〕昭和3年9月10日、農業佐藤惣明の五男に生まれた。昭和50年10月48歳の時から、篠木利夫について木地の技術を学んだ。福島市岡部に住んで、平成13年9月80歳を過ぎてから翁龍名義のこけし作品を発表するようになった… 続きを読む
〔人物〕 昭和11年3月13日、山形県山形市六日町の木地業小林栄蔵の長男として生まれる。小林倉吉は祖父、小林清蔵は伯父、誠太郎、忠次郎は従兄弟にあたる。昭和24年頃中学在学中から父栄蔵の足踏み轆轤に上がって木地の練習を始… 続きを読む
〔人物〕昭和15年4月16日、福島県土湯温泉の佐久間弥、ミサホの四男に生まれる。母のミサホは野地温泉の佐藤嘉吉の三女で、佐藤佐志馬の妹にあたる。父の弥は叔父佐藤嘉吉に3ヵ月ほど木地の手ほどきを受けた。嘉光は昭和33年頃か… 続きを読む
〔人物〕弥治郎系の作者佐藤誠の平時代の弟子。生年月日等詳細は不明。昭和10年代に平の佐藤誠の木工所で職人として働いた。こけしも作り、極少数作品も残されている。その後の経歴も不明である。 製作年代は極短い期間で… 続きを読む
〔人物〕 昭和11年10月5日、薬局経営山谷繁太郎、チヨの四男として青森県黒石市温湯鶴泉に生まれる。黒石高等学校在学中に事情があり家を離れ、東京の友人を頼りに旋盤工等の仕事をした。その後独学で薬剤師の免許を取得して家業を… 続きを読む
〔人物〕 明治42年11月22日、宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)の木地師佐藤春吉、さんの長男に生まれる。母親のさんは佐藤茂七の二女であり、吉郎平の妹にあたる。佐藤巳之吉は茂七の五女もじと結婚しているので、吉郎平、巳之吉は… 続きを読む
宮城県玉造郡鳴子の大沼又五郎の二番目の妻。大沼又五郎は女房運が悪く、嘉永6年に最初の妻ちやを亡くしたあとなつを後妻とした。 なつは鳴子の高橋次左衛門の長女。又五郎と先妻ちやとの間にはの間にせい、りうの二女がいて、せいに高… 続きを読む
〔人物〕 明治32年ころの生まれ(推定)。大正2年15歳ころ横手の浅利製材工場で働いていた大沼熊治郎(鳴子出身・昭和4年没)につき木地を修業。熊治郎は横木専門であったため、玩具やこけしを作らなかった。その後、熊治郎は良助… 続きを読む
大正から昭和にかけての京都の郷土史家。明治24年1月12日に生まれた。本名は田中俊次。父親は医師で、孤児院平安徳義会を開き、児童福祉事業の先駆者として、また社会事業家として知られる田中泰輔。緑紅は医学の道には進まず、京都… 続きを読む
〔人物〕 昭和7年7月19日、白石町清水小路の国分栄七の長男に生まれる。戸籍表記は國分榮一。祖父は福岡村沼の国分徳治、徳治の兄寅吉の息子が国分惣作である。惣作は新山栄五郎の弟子であった。国分陞は弟である。 栄七は次男であ… 続きを読む