明治34年、遠刈田温泉に生まれる。家業は飲食店経営であった。孫一は尋常小学校卒業後、大正4年ごろ遠刈田新地の佐藤吉郎平に弟子入りし、大正11年ごろ年期明けした。遠刈田で独立開業して、こけしも若干挽いたが確認できる作品は残… 続きを読む
明治34年、遠刈田温泉に生まれる。家業は飲食店経営であった。孫一は尋常小学校卒業後、大正4年ごろ遠刈田新地の佐藤吉郎平に弟子入りし、大正11年ごろ年期明けした。遠刈田で独立開業して、こけしも若干挽いたが確認できる作品は残… 続きを読む
〔人物〕昭和24年5月16日、山形県山形市円応寺新道のこけし工人小林清次郎、はつえの長女に生まれる。小林吉三郎は祖父、小林清は弟にあたる。 昭和54年、父清次郎は円応寺町より、檜町に工場と住居を移転したので敏子もそれに従… 続きを読む
〔人物〕 昭和27年7月25日、黒石市花巻の大工阿保惣作の二男として生まれる。阿保六知秀は長兄である。 黒石市東英中学時代は生徒会長を務め、こけしクラブの部長をした。中学2年でこけしの顔を描彩した。 中学には5台のロク… 続きを読む
〔人物〕 昭和2年11月23日、山形県蔵王高湯の斎藤松助の長男に生まれる。旧制芝浦工業学校機械科を卒業後、少年飛行兵として従軍、昭和20年復員した。その後、父松助の経営する旅館招仙閣を手伝った。昭和41年ころから父松助が… 続きを読む
〔人物〕大正12年9月9日、福島市桜本の農業梅津正吉の四男に生まれる。 家業は精米業であるが、中年になってからこけし製作を志し、西山憲一の指導を受けた。こけしは昭和45年ころから作るようになった。 平成21年11月25日… 続きを読む
明治25年2月13日、宮城県玉造郡鳴子町湯元の高橋亀三郎、のつの長女に生まれた。深沢要の聞き書きによると、兄武蔵の木地などに描彩を行い、非常に上手であったという〈こけしの追求〉。 横谷家に嫁した。昭和22年12月2日没、… 続きを読む
〔人物〕 昭和27年3月19日福島県郡山の木地業瀬谷重治の長男に生まれる。父重治は松村一四郎より木地を学んだが、後に岩本芳蔵よりこけしの製作を学んだ。幸治は木地の修業を父重治について昭和47年6月より始めた。作品は翌48… 続きを読む
〔人物〕 大正14年1月8日、福島県土湯温泉木地業阿部新次郎・よりの長男に生まれる。阿部治助は伯父にあたる。昭和16年より父新次郎について木地を学んだ。こけしも作ったが、昭和18年には転業した。戦後の再開は昭和30年1月… 続きを読む
〔人物〕 昭和2年5月3日宮城県鳴子町新屋敷の木地業大沼誓・りんの四男に生まれる。長男、次男はともに2歳ころに亡くなり、三男は20歳のときに満州で没した。力が誓の後継者となった。 昭和16年鳴子尋常高等小学校を卒業する… 続きを読む
〔人物〕 明治32年ころの生まれ(推定)。大正2年15歳ころ横手の浅利製材工場で働いていた大沼熊治郎(鳴子出身・昭和4年没)につき木地を修業。熊治郎は横木専門であったため、玩具やこけしを作らなかった。その後、熊治郎は良助… 続きを読む