
〔人物〕 昭和32年5月13日福島市の木地業野地忠男の長女に生まれる。結婚して佐藤姓となり、夫とともに学習塾を経営、英語を教えている。平成21年6月から父忠男に就いて木地描彩を学ぶ。平成22年3月から佐藤三起子名義で作品… 続きを読む
〔人物〕 昭和32年5月13日福島市の木地業野地忠男の長女に生まれる。結婚して佐藤姓となり、夫とともに学習塾を経営、英語を教えている。平成21年6月から父忠男に就いて木地描彩を学ぶ。平成22年3月から佐藤三起子名義で作品… 続きを読む
〔人物〕 大正12年8月29日、宮城県刈田郡小原村字湯元二三の木地業本田鶴 松・まさの四男として生まれた。昭和13年高等小学校卒業後、父について木地を修業し、こけしの製作も行った。初出の文献は昭和15年7月〈鴻・第1号〉… 続きを読む
〔人物]大正13年2月26日、木村吉太郎、むらえの長男として山形県南村山郡上ノ山町十日町940番地に生まる。こけしに署名するときは「祐助」を用いるが、戸籍上は「勇助」である。 高等小学校卒業後、昭和16年に徴用され横須賀… 続きを読む
〔人物〕生年不明だが、〈こけし辞典〉記述の没年・行年から明治31年前後と推測される。 湯沢出身で大正3年頃、湯沢の秋田曲木製作所(現・秋田木工)で野田久之助について木地を習い、のち兄弟子鈴木国蔵のあとを追って及位の佐藤文… 続きを読む
〔人物〕昭和10年11月11日、作田隆長男として遠刈田温泉に生まる。中学生時代からロクロに上がっていたが、昭和26年中学卒業と同時に作田栄利の工場で正式に父の隆について木地技術を学んだ。昭和28年父と共に栄利の工場から独… 続きを読む
〔人物〕 昭和12年9月28日、宮城県作並の平賀多蔵の長男に生まれる。父多蔵は昭和16年に出征、18年にガダルカナルで戦死したので、父から木地を習う機会はなかった。 昭和28年広瀬中学校卒業、その年17歳で山形の小林誠太… 続きを読む
山形県南陽市(旧国出羽国、明治以降は羽前国)にある温泉。 開湯は約900年前、源義家の弟、源義綱が発見したとされる。家臣達がこの温泉で傷を癒した際、傷から出た血でお湯が真っ赤になったことから、赤湯と呼ばれるようになったと… 続きを読む
〔人物〕 大正14年5月14日、青森県西津軽郡森田村の電力会社社員佐藤善吉・ハナの二男に生まれる。名前の読み方は、蒐集界では「ぜんじ」で通っている、ただし正式には「ぜんに」であったと言われている。 昭和19年青森県立木造… 続きを読む
〔人物〕 明治25年6月6日山形県西村山郡大井沢村字中村の農業志田頼雲の三男に生まれる。明治41年18歳より志田五郎八(戸籍名:善見)について木地を学んだ。大正期に入って、蔵王高湯岡崎長次郎のもとに行ってさらに木地を修業… 続きを読む