明治3年5月9日秋田県由利郡本庄町中横丁士族國松勘助・ミツノの二男として生まれる。鳴子出身の木地師高橋弥太郎(高橋直蔵の弟子)について木地を学び、こけしも作った。 美登里の妻女は当町裏尾崎町の士族佐藤與吉長女キクで、その… 続きを読む
明治3年5月9日秋田県由利郡本庄町中横丁士族國松勘助・ミツノの二男として生まれる。鳴子出身の木地師高橋弥太郎(高橋直蔵の弟子)について木地を学び、こけしも作った。 美登里の妻女は当町裏尾崎町の士族佐藤與吉長女キクで、その… 続きを読む
〔人物〕明治22年3月4日、宮城県刈田郡遠刈田新地の佐藤文治、はるの長男に生まれる。三治、誠次は弟。15歳のとき、青根の丹野倉治方で職人をしていた叔父佐藤文平について約一年間木地を習ったが、その後二年間は木地挽きに従事せ… 続きを読む
宮城県仙台市の出身の郷土史家。 明治30年1月22日、宮城県仙台市に生まれた。上京して早稲田大学に学び、帰郷して大正12年に天江富弥らとともに仙台小芥子会を結成、同人としてまた郷土史家という立場からその活動を支えた。 大… 続きを読む
〔人物〕生年月日不明。白石のこけし販売業宮城物産で扱ったこけしの描彩者。 鳴子系のこけしの描彩を行った。宮城物産の職人の木地に描彩したと思われる。 〔作品〕鳴子の一般的な様式の菱菊のこけしを作った。 〔24.0cm(昭和… 続きを読む
〔人物〕昭和35年11月9日、西会津の斎藤徳寿の長男として生まれる。 昭和54年20歳より父の徳寿について木地を習得した。 〔作品〕こけしは昭和60年頃より、父徳寿の様式を継承してこけしを製作している。 〔… 続きを読む
〔人物〕 明治28年5月18日、宮城県柴田郡青根温泉の旅館業佐藤菊治郎、さいの長男に生まれる。菊治郎の父は青根佐藤重右衛門であり、菊治郎の姉ゆのの婿養子に入ったのが、遠刈田の周右衛門・菊治(先代)の弟重太郎であった。従っ… 続きを読む
〔人物〕山形県鶴岡市七日町の玩具作者。明治15年に千安京田の村長大滝五右ェ門の家に生まれる。一時東京の大きな農園の仕事を手伝っていたが、大正初期に鶴岡に戻り、上京中に覚えた装飾の技術を生かして当時盛んに開催された物産会の… 続きを読む
〔人物〕 昭和13年6月6日山形県西村山郡西川町大字大井沢の農業志田中司・ソメエの長男に生まれる。昭和26年小学校卒業後叔父の志田五郎八について木地を修業した。昭和28年頃五郎八が木地を廃業すると、清次郎も農業を主とし、… 続きを読む
〔人物〕 昭和22年12月5日、福島県土湯の農業陳野原健蔵・フジヱの五男に生まれる。長兄は和紀。以前から兄和紀のこけし製作を身近に見ていたので、こけしには興味があったが、昭和46年スキーで足を骨折したのをきっかけに、兄和… 続きを読む
宮城県遠刈田温泉の木地商北岡仙吉が開設した木地工場。 北岡仙吉 橘文策撮影 北岡仙吉は明治16年5月17日の生まれで、父は北岡仙太郎(明治35年没、享年49歳)。 明治38年は凶作で、湯治客も減少し、遠刈田地方は疲弊した… 続きを読む