八鍬亀蔵

 明治10年6月24日、山形県最上郡南山村肘折に生まれた。八鍬安蔵(五代目林蔵)の長男。明治26年5月12日に父安蔵が44歳で没したが、当時亀蔵はまだ17歳だったので、祖父の鶴蔵(四代目林蔵)が六代目林蔵を再継、明治29… 続きを読む

橋本力蔵

〔人物〕明治36年12月8日、山形県南村山郡堀田村成沢の農業橋本清吉、ていの六男に生まれる。兄弟は七人。大正6年15歳で蔵王高湯の緑屋斎藤源吉の弟子となり木地の修業を始めた。その後、昭和8年31歳まで緑屋の職人を勤めた。… 続きを読む

田中緑紅

大正から昭和にかけての京都の郷土史家。明治24年1月12日に生まれた。本名は田中俊次。父親は医師で、孤児院平安徳義会を開き、児童福祉事業の先駆者として、また社会事業家として知られる田中泰輔。緑紅は医学の道には進まず、京都… 続きを読む

秋保村立職工学校

宮城県名取郡秋保村に明治43年から大正9年まで開校されていた村立の職工学校。指導職種は塗り以外は木地が中心であったため、俗に秋保村立木地学校とも言っていた。 役場の明治44年記事に設立事情に関する記述がある。 「一、職工… 続きを読む

横山仁吉

山形県肘折温泉の横山仁右衛門商店主で、横山木工場を経営した人。 明治11年山形県最上郡大蔵村肘折温泉の旅館業横山仁右衛門(屋号:朝日屋)の長男として生まれる。日清戦争に従軍、帰還後の明治29年に母親が病気により失明し、旅… 続きを読む

秋山耕一郎

〔人物〕明治43年3月5日、宮城県玉造郡鳴子の木地業秋山耕作、とらよの長男に生まる。大正2年ごろより一家で南津軽郡蔵館に移り、さらに大正5年ごろ大鰐へ移った。大正12年に一家は鳴子へ帰り、鳴子で父耕作について木地を修業し… 続きを読む

熱海嘉兵衛

大正7、8年宮城県刈田郡稲子村で宮城県の後援・補助金をもとに開催された木地講習会の受講者12人の中の一人。講師は佐藤松之進で遠刈田で挽く木地物は一通り教えたという。したがってこけしも作ったであろうが、嘉兵衛の作は確認され… 続きを読む

深沢コレクション

こけし蒐集家の深沢要が、昭和9年より昭和21年にかけて収集したこけしのコレクション。深沢要の没後、欣未亡人の手により昭和28年11月鳴子町へ寄贈された。 寄贈され鳴子に着いた深沢コレクション(昭和28年) 出迎えた工人た… 続きを読む

第3回内国勧業博覧会

明治23年4月1日~7月31日の期間で、東京上野公園において開催された3回目の内国勧業博覧会。 当初は1890年が皇紀2550年にあたることから規模を拡大したアジア万国博覧会が企画されたが、当時の大蔵大臣松方正義などの意… 続きを読む