セルソ・ゴミス

セルソ・ゴミス(Cels Gomis 1912~2000)は戦前(1939~1946)にスペインより来日し熱心にこけしを蒐集した。 1912年バルセロナ生まれで、実家は豊かな木綿貿易商であった。自身は芸術家ではなかったが… 続きを読む

茶房鴻

昭和15年より17年にかけて渡辺鴻、亜沙夫妻が東京市世田谷区松原町1-31の自宅応接間を工夫して、こけし収集家に開放していた小さな喫茶店。 京王線代田橋の付近にあった。入口に朝鮮の天下大将軍の門柱があり、内部の壁一面のガ… 続きを読む

天江富弥

大正期から昭和期にこけしを体系的に収集した。昭和3年に〈こけし這子の話〉を刊行し、こけし、作者、産地、その系統というその後のこけし蒐集、研究活動の基本となる四要素とその枠組み(Framework)を規定して議論した。 〔… 続きを読む

村元文雄

〔人物〕 昭和6年6月12日、南津軽郡六郷村(昭和29年の合併で黒石市となる)の農業村元利之助の次男に生まれる。尋常小学校高等科卒業後、農業を手伝いその後製材所に勤務する。昭和31年に肋膜炎に掛かり温湯温泉に湯治に訪れた… 続きを読む

三五屋

東京市赤坂区青山南町5丁目8にあった郷土玩具店である。松下正影(正景、俳号は木景)が大正13年から昭和20年まで、片手間に経営していたが、東京大空襲で焼失した。 三五屋の宣伝ハガキ〈郷土玩具漫信〉を昭和7年8月~昭和12… 続きを読む

こけし燐票(マッチラベル)

燐票とはマッチの箱に貼られたラベルあるいはレッテルのこと。マッチを漢字で燐寸と書くのでそのラベルを燐票という。 大正期から戦後までの時期、商店、理容美容室、飲食店、旅館などでは来客に店を象徴するようなデザインを凝らした燐… 続きを読む

佐藤一男

〔人物〕昭和6年3月11日、福島県土湯温泉町下ノ町のアサヒ写真館佐藤兵七、サ生(さい)の長男に生まれた。祖父は佐藤嘉吉。学業終了後福島市内の写真館に弟子入りし、3年間住み込みで技術を習得した。その後、土湯の実家の写真業を… 続きを読む

渡辺義衛

〔人物〕昭和9年3月12日、福島県土湯温泉上ノ町の山仕事、製炭業渡辺伝次郎、ハツの八人兄弟の四男に生まれた。福島営林署の委託を受けて林業に従事した。この仕事の関係上、特殊材等にはこけし工人からの需要もあり、徳永慎一、渡辺… 続きを読む

フヂヤ郷土玩具店

戦前に、東京市本郷区春木町3ー11(現在の文京区本郷3丁目38)で、加藤滋が経営していた郷土玩具店。「フジヤ」と書いた文献もあるが、正式の店名は「フヂヤ郷土玩具店」。 本郷三丁目から上野広小路へ向かう電車通り(現在の春日… 続きを読む

趣味のこけし展(神戸)

昭和29年4月に東京で開催されたこけし展に続いて、東京こけし友の会主催で5月1日より6日まで三越百貨店神戸支店で開催されたこけし展。〈こけし友の會だより・8、9号〉に神戸でのこけし展開催の経緯と概要が下記のように報告され… 続きを読む