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上野義則

〔人物〕昭和24年6月9日宮城県玉造郡中山平の林業上野清一の三男に生まれる。昭和38年中学二年生のときこけしクラブに入り、鳴子こけし組合の工人たちの指導を受けた。岡崎斉一は同学年でともにこけしクラブで活動した。昭和39年… 続きを読む

小松利意

〔人物〕弥治郎系の作者佐藤誠の平時代の弟子。生年月日等詳細は不明。昭和10年代に平の佐藤誠の木工所で職人として働いた。こけしも作り、極少数作品も残されている。その後の経歴も不明である。  製作年代は極短い期間で… 続きを読む

猪狩庄平

〔人物〕 大正3年5月4日、猪狩清大の長男として福島県平四倉で生まれる。弟に勝彦がいた。両親は木地業とは関係なかった。昭和4年16歳のとき、いわき市平佃町の木地師佐藤誠に弟子入りした。当初、大工の徒弟になったが親方の家の… 続きを読む

佐藤博典

〔人物〕昭和10年7月12日、宮城県柴田郡青根の大工佐藤勝雄、ひろせの長男に生まれる。母のひろせは佐藤菊治の姉まつよの娘である。昭和26年頃から仙台の我妻吉助に弟子入りし、夜間高校に通いながら木地の技術を習得した。昭和2… 続きを読む

佐藤菊治

〔人物〕 明治28年5月18日、宮城県柴田郡青根温泉の旅館業佐藤菊治郎・さいの長男に生まれる。菊治郎の父は青根佐藤重右衛門であり、菊治郎の姉ゆのの婿養子に入ったのが、遠刈田の周右衛門・菊治(先代)の弟重太郎であった。従っ… 続きを読む

菊地孝太郎

〔人物〕明治28年1月29日、山形県に生まる。大宮儀七・ユキの子。6歳のとき青根の木地業菊地茂平・きよの養子となった。義父の茂平は中年になってから青根の佐藤久吉の弟子となり、茶筒、盆などを挽いた工人であった。 明治40年… 続きを読む

佐藤久助

〔人物〕明治19年2月9日、宮城県柴田郡前川村(現在の青根)の木地業佐藤久吉・りんの長男に生まれる。父久吉は遠刈田の佐藤久蔵の長男で、久吉の妹トラは先代の佐藤文吉(文六の父)に嫁いでいる。久助は父久吉について木地を学び、… 続きを読む

佐藤茂吉

〔人物〕 万延元年11月23日、佐藤友吉次男として遠刈田新地に生まる。明治2年、10歳で佐藤源兵衛の寺子屋で読み書き算盤を習った。明治5年、13歳より家業を手伝い、木取りや手斧を練習、明治8年ころから二人挽きロクロに入っ… 続きを読む

佐藤秀一(遠刈田)

〔人物〕 大正3年6月21日、佐藤直助、つるよの二男として遠刈田新地に生まれる。母つるよは秀一のほか三女を生んだが、大正4年に39歳で亡くなった。昭和3年遠刈田高等小学校卒業後、見習工として北岡工場へ入所、父直助につき木… 続きを読む

佐藤誠次

〔人物〕 明治35年5月2日、遠刈田新地の佐藤文治・はるの三男に生まる。大正2年13歳のとき、及位の叔父佐藤文六のもとへ行って、雑用を手伝ったが、このときにはまだ木地は挽けなかった。一年ほどして遠刈田へ帰り、木地を修業し… 続きを読む