カテゴリー別アーカイブ: 肘折系

佐藤重之助

〔人物〕 昭和5年10月20日山形県最上郡大蔵村肘折の木地業佐藤寅之助長男に生まれる。佐藤周助は祖父、周助は重之助が10歳のときに亡くなった。昭和19年15歳のころより父寅之助について木地を学んだ。昭和21年より秋田木工… 続きを読む

菅原宗治

〔人物〕 大正3年、秋田県仙北郡雲澤村中泊に生まれる。実家は農業。幼くして足を患い、農業に従事時することが難しかったため、昭和7年19歳から足掛け5年間岩手県湯本温泉の小林辻右衛門の工場で佐藤丑蔵について木地を修業した。… 続きを読む

佐藤三治

〔人物〕 明治30年9月10日、遠刈田新地佐藤文治・はるの次男に生まれる。佐藤丑蔵は長兄、佐藤誠次は弟である。明治43年4月丑蔵について山形県肘折に移り、肘折小学校に編入、同時に肘折にいた叔父の佐藤文六について木地を学ん… 続きを読む

柿崎藤五郎

〔人物] 元治元年(戸籍上は慶応元年4月6日)、山形県北村山郡太高根村山ノ内(現村山市)に生まる。父井上三太郎は農業。17歳ころ、肘折へきて柿崎酉蔵(初代伝蔵)について木地を習う。当時はまだ二人挽きであった。明治20年、… 続きを読む

斎藤伊之助

〔人物〕 明治26年山形県最上郡南山村肘折の農業斎藤永平の長男に生まれる。12歳の時、古口の寺へ小僧として出されたが、明治40年15歳で肘折に戻り、佐藤文六について木地の修業を行った。当時尾形政治は斎藤永平の家の下屋を木… 続きを読む

奥山喜代治

〔人物〕 明治38年3月3日、山形県北村山郡大久保村(現村山市)大原の農業篠原金蔵の三男として生まれた。大正10年6月17歳のとき肘折へ行き、同郷大原出身の奥山運七の養子 (入籍は12年)となった。その年の冬より冬季間二… 続きを読む

奥山庫治

〔人物〕昭和9年6月10日、奥山喜代治、ハツエの長男として山形県最上郡肘折温泉に生まる。昭和24年頃父喜代治より木地を習う。同27年より東邦亜鉛大蔵鉱業所に勤めたが昭和34年大蔵鉱業所が閉鎖となったために九州の対馬鉱業所… 続きを読む

相川忠次郎

肘折近在の出身で、明治40年ころ横山政五郎と同時期に佐藤周助の弟子となった。詳細は不明。〈こけし辞典〉で白鳥正明は「横山忠次郎と同一人かも知れない」としている。 出典は、肘折を最初に詳しく調査した加賀山昇次が〈こけしの郷… 続きを読む