カテゴリー別アーカイブ: 木地業

遊佐幸太郎

明治14年1月15日、鳴子の遊佐善六の長男に生まれる。木地業に就いたがその師匠は詳らかではない。父の遊佐善六は沢ロ吾左衛門文書に塗師として記載されている。沢口悟一の地図では鳴子の通りの東方、山側の角に善六の家がある。善六… 続きを読む

丹野勝次

明治25年熊本県出身。青森工業高校卒業後丹野家へ夫婦養子となる(妻女は青森県出身)。大正12年鳴子の木地講習所の講師として秋田県から転任、大沼新兵衛が助手としてついた。その後鳴子の木地講習所が廃止となり仙台の木地講習所に… 続きを読む

長蔵文書

こけしに関する記載が文書上に現れたものとしては万延元年(1860)の「萬挽物扣帳」(岩松直助文))があり、そこには「小人形、相人形、中人形、大人形、大々人形」としてこけしの寸法が記載されている。 こけしに相当する”名称”… 続きを読む

岡村豊作文書

庄内大山(現在の鶴岡市大山)の岡村豊作が所蔵していた明治32年の「木地寸形記」、表紙には「明治丗二年 木地寸形記 亥旧五月吉日」と書かれている。東長沢の長作文書(明治19年)より時代は下るが,この頃庄内地方で作られた弁当… 続きを読む

じしゃのき

こけしの用材の一つ。和名はエゴノキ(学名 Styrax japonica)。 エゴノキ科の落葉小高木である。北海道~九州・沖縄まで、日本全国の雑木林に多く見られる。5~6月に、その年にのびた短い側枝の先に1~4個の白い花… 続きを読む