〔人物〕明治28年4月22日、宮城県栗原郡栗駒町鳥矢崎字中野田町前の農業菅原東治、みよしの二男に生まれた。高等小学校を卒業してしばらく家業を手伝っていたが、明治44年27歳のころ叔母のよしのの知人であった太田ふみに誘われ… 続きを読む
〔人物〕明治28年4月22日、宮城県栗原郡栗駒町鳥矢崎字中野田町前の農業菅原東治、みよしの二男に生まれた。高等小学校を卒業してしばらく家業を手伝っていたが、明治44年27歳のころ叔母のよしのの知人であった太田ふみに誘われ… 続きを読む
戦後東京で集まりを開いたこけし愛好家のグループを自ら「カスミ族」と呼んだ。 このカスミ族の集まりから、やがて「東京こけし友の会」が生まれた。 名和明行、好子夫妻の家がもっぱら会場となり、昭和27年の初めから28年の8月ま… 続きを読む
〔人物〕昭和16年9月2日、福島県福島市土湯温泉の渡辺定巳、りんの長女に生まれる。昭和40年代に父の定巳の見様見真似でこけしの面描を行うようになった。伊達郡国見町の農業佐野清蔵の二男忠雄を婿に迎えた。婿の忠雄も昭和46年… 続きを読む
〔人物〕 昭和63年7月7日、宮城県大崎市鳴子温泉のこけし工人桜井昭寛の長男に生まれる。桜井昭二は祖父。高専卒業後、東京で建築関係の仕事に従事。平成26年鳴子に戻る。平成27年4月頃より、父の昭寛について木地の練習を始め… 続きを読む
〔人物〕 昭和7年4月14日、柴田郡川崎町青根温泉佐藤菊治・キツの六男として生まれる。昭和21年刈田郡遠刈田中学校卒業後に菊治につき木地修業、主に新型こけしを挽いた。なお、旧型は昭和30年頃より挽き始めている。父の菊治は… 続きを読む
弘化4年6月14日、土湯村の旅館業阿部傳兵衛、ミンの長男に生まる。傳兵衛家は文禄年間越後から土湯に渡ってきた村上氏の浪人阿部徳右衛門薩摩の祐筆阿部傳兵衛の直系で、代々傳兵衛を名乗っていたという。屋号は松屋であるが、阿部吉… 続きを読む
〔人物〕昭和9年5月30日生まれ。戸籍表記は佐藤瑞子。鳴子のこけし工人桜井実と結婚、桜井実は佐藤家の婿となったので昭和36年頃より佐藤実の名でこけしを出すようになった。 みつ子は結婚当初からこけしに興味があり、夫実の仕事… 続きを読む
〔人物〕 明治19年9月2日、蔵王高湯能登屋の岡崎久作・ひでの長男に生まれた。母ひでは上ノ山士族鈴木良邑の長女、栄作の弟には久太郎、久助、重雄、久一郎、菊雄、作太郎がいた。木地技術は尋常高等小学校卒業後、叔父栄治郎に学び… 続きを読む
〔人物〕 大正13年2月24日、福島県郡山市の会社員瀬谷市十の二男に生まれる。昭和14年郡山の木地師松村一四郎に弟子入りして木地の技術を身につけた。昭和18年より郡山氏柳町の渋谷木工所の職人となって働いた。昭和19年横浜… 続きを読む
〔人物〕 明治33年12月5日、遠刈田の鋤鍬柄師我妻与七の長男に生まれた。大正元年遠刈田尋常高等小学校を卒業後、吉田畯治の木地工場に入り、食費自弁の契約で働いた。当時吉田の木工所には、佐藤治平、佐藤倉吉(平沢出身、吉郎平… 続きを読む