
江戸中期土湯に生まれた。木地業佐久間作兵衛(三代)の長男。家号は稲荷屋。稲荷屋は祖先の作兵衛の時代に二本松往復時、狐に助けられたのにちなみ命名したという。亀五郎は、化政当時会津藩と二本松藩を結ぶ交通の要地として、また湯治… 続きを読む
江戸中期土湯に生まれた。木地業佐久間作兵衛(三代)の長男。家号は稲荷屋。稲荷屋は祖先の作兵衛の時代に二本松往復時、狐に助けられたのにちなみ命名したという。亀五郎は、化政当時会津藩と二本松藩を結ぶ交通の要地として、また湯治… 続きを読む
遠刈田において、木地職人と木地物販売業者(木地商)との間で取り行なわれた制度。 あらかじめ木地物の工賃を定めておき、木地商は職人たちに木地材料や木地用資材、動力等を提供し工賃制で生産させ、その代償として仕送り通帳を介して… 続きを読む
「アルケオロジー(archéologie)」とは本来「考古学」を意味するフランス語。ただフランスの哲学者ミシェル・フーコーが「知の考古学」などで「アルケオロジー」という言葉を使いだしてから、すこし特別の使われ方をするよう… 続きを読む
佐藤英太郎の直助型 背面のあやめ模様 あやめ模様と称する描彩は、遠刈田系こけしの胴裏に描かれるのが最もポピュラーであるが、弥治郎、土湯(飯坂、川俣)、鳴子、津軽においても描かれることがある。 こけしに描かれた模様だけから… 続きを読む
青森県大鰐の木地師。生没年月日不明。孫次郎の長男が忠太郎、忠太郎の長男が明太郎である。 孫次郎は明治23年に東京上野公園において開催された第3回内国勧業博覧会へ、茶碗入、煙草入、箸立などの木地製品を出品している。 〔参考… 続きを読む
安政2年5月14日、羽前国南村山郡高湯村(現在の蔵王温泉)堀清八の二男に生まる。明治22年高湯の岡崎吉右衛門の長女つゆと結婚して婿養子となり家督を継承した。明治37年3月高湯中村屋の出身で養父吉右衛門の姪にあたるそでを養… 続きを読む
昭和21年より昭和43年まで、福岡市薬院昭和通62にあった郡憲輔経営による民芸店。民芸品と郷土玩具やこけしを扱った。憲輔の先代から続く郡文園堂古書店(福岡市橋口町)内に昭和9年より、新たに玩具やこけしをならべて販売したの… 続きを読む
〔人物〕 昭和26年10月28日、秋田県鹿角郡十和田町大湯(現・鹿角市十和田大湯町)の農協職員中村勇・ミエの次男として生まれた。秋田県立十和田高校を卒業後、昭和45年に青森県十和田市休屋の(株)南祖庵に入社した。 休屋は… 続きを読む
明治26年4月5日、秋田県雄勝郡三梨字清水川の小野寺小三郎長男に生まれた。小椋啓太郎の描彩者小野寺岩蔵とは血縁である。職業は塗師。若いころに鳴子へ修業に行き、そのまま転住した。大正9年に東京都南葛飾郡へ移り、半年後再び鳴… 続きを読む
文政11年(推定)福島県土湯村に生まれる。父の名は不詳。母ヤヨは鈴木太郎吉長女。屋号は松屋であるが、阿部善治郎家と区別するため松屋分家という。また、土湯村下ノ町にあったことから下の松屋という場合もある。妻女コヨは陳野原駒… 続きを読む