
〔人物〕明治10年4月12日、福島県信夫郡土湯村字上ノ町の渡辺作蔵・クラの二男に生まれる。戸籍表記は渡邊。父作蔵は佐久間弥七の二男で浅之助の弟、渡辺源五郎の孫クラの婿となった。角治の長兄に久吉がおり、久吉は膽澤為次郎につ… 続きを読む
〔人物〕明治10年4月12日、福島県信夫郡土湯村字上ノ町の渡辺作蔵・クラの二男に生まれる。戸籍表記は渡邊。父作蔵は佐久間弥七の二男で浅之助の弟、渡辺源五郎の孫クラの婿となった。角治の長兄に久吉がおり、久吉は膽澤為次郎につ… 続きを読む
〔人物〕昭和8年1月17日、京都の京染商水戸佐武郎の長男に生まれる。昭和19年、天童市田鶴町に移り、同23年高等小学校を卒業後、土産物店を始めたが、同時に山寺の叔父石山三四郎について木地を修業した。昭和28年、年期明け後… 続きを読む
〔人物〕昭和3年3月18日、青森県上北郡十和田町大字奥瀬字休屋の土産物店経営高瀬善治、スエの長男に生まれる。母スエの妹は本田功の母に当たる。父善治は土産物店経営の傍ら、こけしの製作を行なっていて、昭和31年には本田功が善… 続きを読む
〔人物〕 昭和9年7月20日、福島県土湯温泉に生まれる。養蚕山林業今泉初治、サダの長男。山根屋の渡辺作蔵の二女サイ(渡辺角治の妹)は明治39年に今泉源蔵の嫁となり、その子が初治であるから、源治は作蔵の曽孫に当たる。祖父源… 続きを読む
秋保の菅原庄七およびその系譜の工人がつくるこけしの頭頂に描かれる「乙」の字様の装飾。 この装飾の由来について橘文策は〈こけしの魅力〉に下記のように記述している。 「秋保こけしの頭の頂辺には、乙の字が緑鮮やかに描きこまれて… 続きを読む
徳右衛門の名前が出たのは〈鴻・3〉および〈こけし手帖・33〉で、いずれも山形小林倉治が木地を習った作並の師匠としてである。但しこの時、姓は岩松で岩松徳右衛門となっていた。 高橋五郎の追求で「萬挽物扣帳」(岩松直助文書)が… 続きを読む
〔人物〕弘化2年11月23日、山形市旅籠町の紅屋清蔵の二男としてに生まれる。実家は本来小林姓であったが旧城主最上家と因縁のある小林姓は使いづらく、屋号で名乗っていたらしい。祖父は塩肴漬物商で鹽屋、父清蔵は紅花商を営み、紅… 続きを読む
山形の小林倉吉が明治41年正月より書き始めた家業の記録書。 小林孝太郎 机の上に置かれているのが小林倉吉執筆の記録書 〔内容概略〕 以下に記録書写本の写真をもとに内容を記す。 まず業祖としての惟喬親王を記述した「序」があ… 続きを読む
生年月日出身地等不明。昭和12年東京こけし會発行の〈こけし作者一覧番付〉や、昭和13年刊行の〈東北の玩具〉によると宮城県柴田郡青根の作者として、佐藤菊治、菊地孝太郎、小田宗太郎、横山拙太郎と並んで佐藤勝雄の名がある。その… 続きを読む