カテゴリー別アーカイブ: 遠刈田系

佐藤松之進

〔人物〕明治8年5月20日、佐藤友治・いちの長男として宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)に生まる。戸籍名佐藤松之助。古い文献では明治5年生れとされているが誤りである。明治14年小学校入学以来、学校の帰りに、本家の友吉のこけし… 続きを読む

佐藤照雄

〔人物〕大正8年6月30日、佐藤豊治二男として遠刈田温泉に生まる。佐藤三蔵は五男、佐藤里見は六男でそれぞれ照雄の弟にあたる。昭和6年小学校卒業後、上京してブリキ玩具製作所で働いたが、昭和9年に倒産したため福島仲間町に移り… 続きを読む

佐藤静助

〔人物〕明治34年9月15日、佐藤周吾・イシの長男として宮城県柴田郡川崎村青根温泉に生まる。朝倉家へ養子に行った英次は静助の次弟にあたる。大正3年より父周吾につき木地挽を始め、盆、鉢、こけし、玩具類等を作った。大正6年こ… 続きを読む

佐藤武雄

〔人物〕 大正3年6月22日宮城県秋保の佐藤三蔵、よしの長男に生まれる。小学校卒業後、昭和元年ころから父三蔵につき木地修業を開始した。この頃三蔵の仕事場では弟子の菅原庄七が働いていたので、実際の指導は庄七によるところが大… 続きを読む

佐藤円夫

〔人物〕 昭和17年6月10日、宮城県名取郡秋保町薬師のこけし工人佐藤武雄の長男に生まれる。戸籍名は一夫。姉に節子、弟に武志がいる。祖父は菅原庄七の師匠佐藤三蔵である。学校卒業後、父の武雄について木地挽きをはじめ、さらに… 続きを読む

佐竹林之助

〔人物〕 明治17年頃、宮城県白石に生まれる。両親名および父の職業は不詳。明治31年ころより遠刈田新地の佐藤善八について木地を修業した。弟弟子に村上倉吉がいる。 師匠の善八は佐藤十松家に生まれた木地師で、重松、重吉、治平… 続きを読む

朝倉光洋

〔人物〕 昭和22年10月23日、宮城県仙台市宮城野区二十人町の木地業朝倉英次、きぬの二男に生まれる。朝倉秀之は長兄、公明は弟である。国立富山商船学校機関科を卒業、昭和43年4月から昭和52年10月まで、ジャパ… 続きを読む

佐藤豊治

〔人物〕 明治27年6月1日、宮城県刈田郡遠刈田新地の木地業佐藤周治郎の六男に生まれる。佐藤友晴の著〈蔵王東麓の木地業とこけし〉によれば明治41年より父周治郎について木地を学んだとあるが、周治郎は明治31年に亡くなってお… 続きを読む

六郷満

〔人物〕 昭和6年12月11日、宮城県白石市の公務員六郷直、きしの五男に生まれる。満の父、直は、若いころ教師をしていたが、満が出生した昭和6年には営林署の山巡査をしていた。母きしは昭和13年満が7歳の時に病死した。父は再… 続きを読む

高橋林平

〔人物〕 明治33年4月10日、宮城県刈田郡遠刈田の郵使配達夫高橋卯平の長男として生まれる。大正4、5年ころから佐藤広喜について木地の修業を始めたが、大正7年宮城県の補助金を得て遠刈田の北岡商店で木地講習が行なわれ、広喜… 続きを読む