カテゴリー別アーカイブ: 遠刈田系

朝倉秀之

〔人物〕昭和18年9月27日、宮城県遠刈田の朝倉英次、きぬの長男に生まれた。父の英次は遠刈田新地の木地師佐藤周吾、イシの二男、朝倉きぬと結婚婿養子となって、朝倉姓に変わった。英次は秀之誕生のあと昭和20年に三度目の応召と… 続きを読む

槻田與左衛門

〔人物〕万延元年11月6日、宮城県宮城郡作並村25番地の農業槻田逸三郎、ひての三男に生まる。長兄に吉三郎、次兄に利三郎がいた。師匠は定かではないが、生家の母屋の片隅にロクロを据えて木地を挽き、こけしや玩具を作っていたとい… 続きを読む

佐藤茂利治

明治40年11月4日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の佐藤茂吉五男に生まれた。大正10年ころから兄の佐藤円吉について、木地を修業した。一人前となって及位の佐藤文六の駅前工場に行って働き、その後仙台の兄孝之助の工場で職人をした… 続きを読む

佐藤茂七

嘉永5年11月20日、佐藤友吉長男として遠刈田新地に生まれた。文久3年、12歳で父友吉につき二人挽ロクロを修業、以後二人挽ロクロで通した。佐藤友晴著〈蔵王東麓の木地業とこけし〉によると茂七はこけしを多く作ったというが、そ… 続きを読む

鈴木三吉

安政2年ころ宮城県栗原郡築館町玉沢に生まれた。34歳(明治21年)ころ、中年になってから青根の丹野の工場にいた佐藤茂吉の弟子になった。茂吉のもとで1年たらず修業したが蔵王高湯の斎藤藤右衛門の要請で半途職人のまま、阿部常松… 続きを読む

佐藤善作

明治35年1月8日、宮城県刈田郡遠刈田新地の木地業佐藤善八の二男に生まれた。長兄は善助。姉のたまよは佐藤丑蔵の妻女となった。大正5年より父善八について木地を修業した。大正10年ころは北岡仙吉の木工所で木地職人として働いた… 続きを読む

佐藤善助

明治26年11月11日、宮城県刈田郡遠刈田新地の佐藤の善八長男として生まれた。明治40年より父善八につき木地を修業し、大正元年ころより及位の佐藤文六の工場で職人をした。大正5年ころ一時遠刈田に帰郷し、その後仙台に行って東… 続きを読む

菊地勝三郎

宮城県柴田郡川崎村川崎の出身。明治7年頃の生まれ。青根の菊地きよし戸籍名きよは姉にあたり、きよしの婿が茂平(安政松年頃の生まれ)である。きよし、茂平夫婦の養子に山形出身できよしの甥にあたる孝太郎が入った。勝三郎は明治19… 続きを読む

白川久蔵

明治25年(推定)宮城県柴田郡前川村(現在の青根)の木地師佐藤久吉、りんの三男に生まれた。父久吉は青根の丹野工場の職人であり、長兄久助、次兄子之助も木地師として知られる。また父久吉の妹ふよは弥治郎の佐藤栄治に嫁いでいたの… 続きを読む

大沼由蔵

明治29年、宮城県柴田郡川崎村字前川権現塚農業大沼与四郎の次男に生まれた。長兄は大沼新三郎。明治40年青根山ノ湯の小原工場に入り、小原直治について木地業を習得した。大正4年ころ、青根を去って秋保で働いたが数年にして戻った… 続きを読む