カテゴリー別アーカイブ: 鳴子系

大沼勝蔵

天保6年9月4日、鳴子源蔵湯隠居家督大沼三郎治の子として生まれた。長姉ちやに高野屋の又五郎を入家督としたためゆさやの隣に分家した。木地は義兄又五郎より習う。妻まつは秋田県雄勝郡湯沢村尾形伝蔵の長女。長男に勝三郎がいる。 … 続きを読む

菊地三九郎

宮城県加美郡宮城村湯川(現在の宮崎町)の出身。明治28年19歳の時、鳴子の高橋勘治の弟子となる。約3年間の年期奉公の後、宮崎村へ帰った。こけしも作ったといわれるが未確認。菊地英次郎 は三九郎の弟である。

菊地英次郎

宮城県加美郡宮崎村湯川(現在の宮崎町)の出身。菊地三九郎の弟である。明治37年ころ、兄三九郎の師匠である鳴子の高橋勘治の弟子となり3年間木地を作業した。勘治につれられて、盛、忠志、誓と共に烏川(加美郡宮崎村との境の山)へ… 続きを読む

疋田重安

宮城県玉造郡鳴子の岡崎斉の弟子。深沢要により〈こけしの追求〉で名前が紹介された。昭和8年春、14歳ころ高等小学校1年を終えて、斉の弟子に入った。父は鉱夫で、兄弟はたくさんいた。重安は腕はきわめて上手だったという。弟の重信… 続きを読む

大沼甚三郎

〔人物〕弘化四年四月一六日、鳴子大沼甚五郎、とめ(登免)の次男に生まる。母とめは大沼弥左衛門の三女。長兄に岩太郎、弟に傳五郎がいた。兄の岩太郎について木地を習得した。小物はあまり挽かなかったという。明治23年沢口吾左衛門… 続きを読む

大沼勘太郎

こけし工人大沼誓の兄。 明治19年3月15日、鳴子勘五郎塗の塗師大沼安太郎、とよの長男に生まれた。父安太郎は大沼利右衛門の養子となった安吉の兄で、大沼勘五郎の長男である。明治35年16歳のころ、高橋利四郎の弟子となったが… 続きを読む

志田楓

〔人物〕平成8年7月22日、山形県西村山郡西川町大井沢の木地業及び湯殿山神社宮司の志田菊宏、祐子の長女として生まれた。二人兄妹で兄がいる。 平成27年4月学校法人山形デザイン専門学校ビジュアルデザイン学科入学し、イラスト… 続きを読む

大沼なつ

宮城県玉造郡鳴子の大沼又五郎の二番目の妻。大沼又五郎は女房運が悪く、嘉永6年に最初の妻ちやを亡くしたあとなつを後妻とした。 なつは鳴子の高橋次左衛門の長女。又五郎と先妻ちやとの間にはの間にせい、りうの二女がいて、せいに高… 続きを読む

大沼浅吉

大沼岩太郎の婿養子。 文久元年2月25日、岩出山の渋谷平吉の弟に生まれた。鳴子の大沼岩太郎について木地の修業を行った。明治20年に岩太郎の長女せいと結婚して婿となり、大沼姓となった。描彩は不得手であり、浅吉の挽いた針箱、… 続きを読む

小島正

〔人物〕鳴子の人。昭和10年ころ東京に出て、本所区厩橋一丁目で木地工場を開業した。職人は鳴子の大沼正雄であった。小島正自身が木地を挽いたかどうかは明確ではない。本人は挽けず、木地は職人の手になるものという説もある。 東京… 続きを読む