〔人物〕 昭和27年7月25日、黒石市花巻の大工阿保惣作の二男として生まれる。阿保六知秀は長兄である。 黒石市東英中学時代は生徒会長を務め、こけしクラブの部長をした。中学2年でこけしの顔を描彩した。 中学には5台のロク… 続きを読む
〔人物〕 昭和27年7月25日、黒石市花巻の大工阿保惣作の二男として生まれる。阿保六知秀は長兄である。 黒石市東英中学時代は生徒会長を務め、こけしクラブの部長をした。中学2年でこけしの顔を描彩した。 中学には5台のロク… 続きを読む
宮城県玉造郡鳴子の岡崎斉の弟子。深沢要により〈こけしの追求〉で名前が紹介された。昭和8年春、14歳ころ高等小学校1年を終えて、斉の弟子に入った。父は鉱夫で、兄弟はたくさんいた。重安は腕はきわめて上手だったという。弟の重信… 続きを読む
〔人物〕明治42年4月28日、秋田県雄勝郡川連村久保の木地打師樋渡徳太郎、スエノの次男に生まれた。長兄は治一。川連小学校を卒業し、15歳から久保の高橋兵治郎、兄の樋渡治一について立木木地を習得した。約10年間木地を挽いた… 続きを読む
〔人物〕明治44年頃、山形県南置賜郡南原村の村長簗川岩男四男として南原笹野(現在米沢市)に生まれた。岩視は昭和の初めに芳泉の堀実のところへ遊びに行っているうちに趣味で木地挽きを始めた。その後、工場に雇われてボビンと機業関… 続きを読む
〔人物〕昭和59年10月22日、秋田県仙北郡美郷町に生まれる。平成19年大阪芸術大学デザイン学科卒業後、岐阜県高山市の家具工場に就職して各種家具の製作に従事した。平成24年アフリカンドラムに触発されギニア共和国へ渡航して… 続きを読む
〔人物〕大正11年1月24日、仙台市福沢の鉄道員里見久作、さつのの長男に生まれた。 仙台市宮城野小学校をへて昭和12年図南中学校卒業、鉄道員となった。徴兵により水戸の航空通信隊に入隊、樺太をへて北海道帯広にて終戦除隊とな… 続きを読む
明治30年頃、宮城県鳴子に生まれた。実家は下駄屋マルヨシ。鳴子の木地業高橋万五郎について木地を学んだ。師の万五郎とともに岩手県の花巻、盛岡で働いた。この時、万五郎のところには、伊藤松三郎、小松五平、遊佐平治郎なども働いて… 続きを読む
〔人物〕山形県鶴岡市七日町の玩具作者。明治15年に千安京田の村長大滝五右ェ門の家に生まれる。一時東京の大きな農園の仕事を手伝っていたが、大正初期に鶴岡に戻り、上京中に覚えた装飾の技術を生かして当時盛んに開催された物産会の… 続きを読む
〔人物〕 大正10年、宮城県柴田郡青根の木炭業我妻市三郎、せよの長男に生まれる。青根の我妻芳夫は実弟にあたる。父市三郎の弟は我妻吉助で、吉助は遠刈田新地の佐藤好秋について木地を修業していた。その縁で昭和12年3月より、好… 続きを読む
〔人物〕 昭和17年6月25日、大鰐の木地師長谷川辰雄・キヨの三男として生まれる。5歳頃まで青森県南津軽郡大鰐町蔵館で過ごした。 昭和22年秋、父・辰雄が旅館業・佐賀某にスカウトされたため、下北郡の下風呂温泉に一家で引っ… 続きを読む