〔人物〕昭和33年5月6日、宮城県玉造郡鳴子町沼井の伊藤松一の三男に生まれる。長兄に一美がいる。祖父松三郎、父松一のもとで育ち、若い頃からロクロに親しんだ。木地は若い頃より挽いたが、昭和52年ころからこけしの木地を挽き、… 続きを読む
〔人物〕昭和33年5月6日、宮城県玉造郡鳴子町沼井の伊藤松一の三男に生まれる。長兄に一美がいる。祖父松三郎、父松一のもとで育ち、若い頃からロクロに親しんだ。木地は若い頃より挽いたが、昭和52年ころからこけしの木地を挽き、… 続きを読む
〔人物〕 明治27年6月1日、宮城県刈田郡遠刈田新地の木地業佐藤周治郎の六男に生まれる。佐藤友晴の著〈蔵王東麓の木地業とこけし〉によれば明治41年より父周治郎について木地を学んだとあるが、周治郎は明治31年に亡くなってお… 続きを読む
〔人物〕 明治12年12月2日、岩手県下閉伊郡宮古の坂下茂兵衛・ヒデの二男に生まれる。明治26年15才の頃、盛岡に出て松田清次郎について木地の修業を行った。煤孫茂吉は兄弟子にあたる。年季明けする前に事情があり、宮古に戻っ… 続きを読む
〔人物〕明治8年(推定)、宮城県刈田郡宮村遠刈田小妻坂に生まる。明治24年17歳のとき、遠刈田新地の佐藤周治郎について木地を習得。周治郎とともに大宮源ハエ揚の職人として働いた。 明治27年20歳のとき木材の重量を測るため… 続きを読む
[人物] 昭和12年10月3日宮城県名取郡秋保村湯元30にて菅原庄七、とめよの長男として生まれる。昭和29年3月秋保中学校卒業後、石工等をした後昭和30年頃より庄七の仕事を手伝い始めた。昭和31年には初作を発表、作る本数… 続きを読む
〔人物〕昭和22年9月12日、岩手県遠野市遠野町の木地業常川新太郎、タマの二男に生まれた。父新太郎について木地挽きを学び、昭和52年頃からこけしの製作を始めた。父新太郎生前中には、一家のこけしは基本的にみな新太郎の名義で… 続きを読む
〔人物〕明治34年6月17日山形県山形市双月に生まれる。大正3年学校を卒業後、山形市上山家の深瀬国雄に師事して木地の技術を学んだ。深瀬国雄(国男、国夫ともいう)に師事したのは安次郎の姉の夫が国雄の兄深瀬信義(信好ともいう… 続きを読む
〔人物〕昭和7年2月23日、山形県山形市高瀬の農業鑓水清右衛門の長女に生まれる。昭和29年に山寺字南院のこけし工人石山和夫と結婚した。石山敏幸は長男。夫和夫の仕事を手伝ううちにこけしの描彩に関心を持つようになり、昭和47… 続きを読む
〔人物〕 大正12年1月16日宮城県玉造郡鳴子町焼石亦(中山平)の農業中鉢久七・たきの三男に生まれる。母たきは大沼岩蔵・イナの一人娘(戸籍上は岩蔵の父大沼甚三郎の五女)、また新吾を晋吾で紹介した文献もあるが、新吾(戸籍… 続きを読む
天保4年4月20日、福島県信夫郡土湯村今泉兵蔵二男に生まれた。扇屋の阿部與五平二女カツと結婚し、義父與五平の退隠後、與五平を襲名した。扇屋は代々当主が與五平の名を継いだという。長男仙太郎はじめ四男三女が生まれた。 明治1… 続きを読む