横山仁吉

山形県肘折温泉の横山仁右衛門商店主で、横山木工場を経営した人。 明治11年山形県最上郡大蔵村肘折温泉の旅館業横山仁右衛門(屋号:朝日屋)の長男として生まれる。日清戦争に従軍、帰還後の明治29年に母親が病気により失明し、旅… 続きを読む

キナキナ

主に南部系の工人によって作られる、頭部がくらくらと動く小寸(10cm程度が定寸)のこけしをいう。キナキナは頭部が揺れる様子の擬態語である。 産地は、盛岡、花巻を中心とした岩手県、および秋田県の一部を含む。キナキナの作られ… 続きを読む

吉田木工所

〈東北の玩具〉(仙薹鐡道局編纂)(初版:昭和13年、再版:昭和14年)の巻末には「こけし這子製作地一覧表」が載っている。この一覧表には、盛岡の項の製作者として安保木地工場に加えて、吉田木工所の名がある。その住所を盛岡市本… 続きを読む

煤孫茂吉

〔人物〕  明治11年8月5日、岩手県稗貫郡花巻川口町大字里の農業煤孫藤次郎・ナカの次男に生まれる。5、6歳の頃より祖父の生家であった台温泉の小瀬川金次郎宅で養育され、明治21年11歳で小学校を卒業すると、その… 続きを読む

佐藤七之助

〔人物〕  明治33年1月21日、岩手県江刺郡岩谷堂に生まれる。父は大工であったが、七之助は身体が弱く、家業を継ぐのが難しいと思われたので、15歳の時及川吉三に師事してダライバンによる木地挽きを学んだ。 及川吉三はこの当… 続きを読む

安保一郎

〔人物〕 南部の木地業は古く、二戸郡浄法寺周辺で、平安期高倉天皇の時代頃から南部椀の製作を始めたと伝えられる。 浄法寺にある天台寺は天台宗の古刹で、ここで自家用の漆器を作り始めたのが浄法寺漆器の始まりであり、浄法寺御器と… 続きを読む

佐藤甚吉

〔人物〕 明治34年3月24日、山形県最上郡戸沢村字金打坊の農業佐藤甚蔵の家に生まれる。父甚蔵の姉サクは最上郡及位の木地業佐藤文六の後妻となっていたので、甚吉はその縁から大正2年13歳より佐藤文六について木地の修業をした… 続きを読む

坂下権太郎

〔人物〕 明治12年12月2日、岩手県下閉伊郡宮古の坂下茂兵衛・ヒデの二男に生まれる。明治26年15才の頃、盛岡に出て松田清次郎について木地の修業を行った。煤孫茂吉は兄弟子にあたる。年季明けする前に事情があり、宮古に戻っ… 続きを読む

常川新太郎

〔人物〕  明治40年4月29日、岩手県盛岡市紺屋町の常川正雄・タミの長男に生まれる。父正雄は南部板駒の復興者として知られる。新太郎は仙台工芸指導所で木地技術を学び、その後しばらくの期間、仙台市日ノ出町の鈴木清の職人とし… 続きを読む

大沼俊春

〔人物〕 昭和4年3月11日、北海道洞爺湖の桶樽製造業板垣志治郎・スヱの三男に生まれる。3歳の時母と死別、昭和9年6歳の時に鳴子から来て洞爺湖にいた木地師大沼甚四郎夫妻に引き取られて養子となった。入籍はしていなかったので… 続きを読む