タグ別アーカイブ: 佐藤文六

柏倉勝郎

〔人物〕 明治28年2月12日、柏倉慶重の長男として山形県南村山郡本沢村長谷堂(現山形市)に生まる。生後事情あって実母と生別、長谷堂で里子に出され、3歳のとき山形市七日町の祖父柏倉政明に引きとられて、明治35年5月23日… 続きを読む

大沼新兵衛

〔人物〕 明治19年10月14日(戸籍面では18日)、大沼平三郎の三男として鳴子に生まる。通称を要という。長兄は戸籍名を要といい、通称を誠という。父平三郎は沢口吾左衛門文書(明治21年)にも記録される木地師で、大沼岩太郎… 続きを読む

佐藤周助

〔人物〕  明治6年12月27日、宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)の木地業佐藤栄四郎・志んの長男にうまれる。父栄四郎は刈田郡八宮(弥治郎)の出身、新山栄吉の四男である。栄吉は新山栄五郎の祖父でもあるから、栄五郎と周助は従兄… 続きを読む

鈴木庸吉

〔人物〕  明治15年11月1日、宮城県加美郡宮崎村に生まる。母は鳴子の高野幸八の姉。明治29年15歳で鳴子に移り、叔父幸八のもとで木取りや漆塗りを手伝っていたが、 明治31年17歳の夏より幸八について一人挽き… 続きを読む

佐藤文六

〔人物〕  明治13年3月28日、遠刈田新地佐藤文吉・とらの三男に生まる。父文吉は吉郎平家の出身(佐藤友吉の弟)、母とらは佐藤久蔵の姉にあたり、佐藤干代吉の夫婦養子となった。佐藤茂吉は義兄、佐藤円吉、佐藤丑蔵、… 続きを読む

松江謙太郎

〔人物〕 生年不明だが、〈こけし辞典〉記述の没年・行年から明治31年前後と推測される。 湯沢出身で大正3年頃、湯沢の秋田曲木製作所(現・秋田木工)で野田久之助について木地を習い、のち兄弟子鈴木国蔵のあとを追って及位の佐藤… 続きを読む

佐藤英吉

〔人物〕  明治39年10月10日、山形県最上郡及位村塩根川の大工佐藤鶴松の三男に生まれる。父鶴松は本業の大工の他に、桶屋、木挽き、炭焼き、木彫などやった人物で、及位の佐藤文六の工場で人夫頭を勤めたこともある。その縁で大… 続きを読む

鈴木国蔵

〔人物〕 明治30年8月29日秋田県雄勝郡湯沢町御囲地の写真師鈴木勝治の長男に生まれる。木地は17歳より約1年間能代工業講習所で学んだ。講師は野田久之助であった。湯沢の松江謙太郎は弟弟子である。その後、各地を転々として木… 続きを読む

尾形政治商店

明治33年ころから昭和25年ころまで山形県最上郡大蔵村肘折温泉で営業し、土産物、木地製品、玩具、こけし等を扱った商店。昭和4年までは木地工場も経営し、多くのこけし工人がここで働いた、 尾形政治は、慶応元年山形県飽海郡南平… 続きを読む

古肘折木地玩具

昭和46年7月刊の〈こけし山河・第10号〉(大阪こけし教室刊)に山中喜雄の「肘折の古こけし」という記事が掲載され、その衝撃がこけし界を走った。それは肘折の尾形政治の商店を解体した時に、その床下からごく古いこけしが発見され… 続きを読む