
小椋五郎左衛門の子。戸籍表記吉左エ門。信州で生まれた。文政元年、父五郎左衛門とともに宮城県加美郡中新田門沢山に移り、さらにニ、三年後には秋田県雄勝郡大川目山(木地山の北北東約7km)に渡り、初右衛門系と合流した。ここで文… 続きを読む
小椋五郎左衛門の子。戸籍表記吉左エ門。信州で生まれた。文政元年、父五郎左衛門とともに宮城県加美郡中新田門沢山に移り、さらにニ、三年後には秋田県雄勝郡大川目山(木地山の北北東約7km)に渡り、初右衛門系と合流した。ここで文… 続きを読む
〔人物〕秋田県仙北郡西木村檜木内の木地師。儀右衛門は屋号で代々家督がこの名で呼ばれる。初代儀右衛門は八太郎といい、天保年間の生まれ、加賀出身と言う。安政三年頃より檜木内に移り、木地業に従事し、南部系のキナキナを作った。初… 続きを読む
大正8年7月より10月まで、福島県南会津郡田島町(現在の南会津町)に県と町の共設の木工伝習所として開設され、遠刈田より佐藤豊治、佐藤円吉らが木地の部門の講師となって技術の指導を行った。木地部門の弟子は6名ほどと言われてお… 続きを読む
日本物産奨励会 が編纂し、日本の県別特産品をまとめた便覧で、大正8年に上巻、大正10年に下巻が、また更に大正13年版と三回にわたって広報通信社より刊行された。刊行の趣意として下記のような記述がある。 「どこの国に何という… 続きを読む
〔人物〕昭和29年10月3日、鳴子町川渡名生定字木戸脇の農業吉岡孝一の次男に生まれた。川渡中学校を卒業後に大工となったが、20才の時に腰を痛めたため、実家において農業を手伝うようになった。昭和60年に健康を回復し、こけし… 続きを読む
アフォーダンス(affordance)とは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソン(James Jerome Gibson)によって定義された造語で「環境が動物(人間)に対して与える”意味”」… 続きを読む
〔人物〕岩手県東磐井郡東山町の鈴木豊の弟子。昭和の末年に入門した。生年月日含め詳細は不明。鈴木豊の子息の話では、事故のため下半身不随で車いす生活であったという。晩年は息子の住む平泉町に引き取られたが、その後亡くなった。 … 続きを読む
〔人物」 昭和49年1月15日、公務員齋藤俊明、清子の長女として秋田県由利本荘市西目町に生まれる。平成10年3月に岩手大学教育学部卒業、岩手県で教師となった。こけしを収集しているうちに、その魅力に取りつかれて、自分で轆轤… 続きを読む
〔人物〕 明治33年9月20日、秋田県雄勝郡大館の木地業小椋運治の次男として生まれる。長兄は小椋啓太郎、弟に与三郎がいた。父運治の兄は養治で、養冶の長男が泰一郎であり、慶次郎と泰一郎は従兄弟にあたる。 長男啓太郎は運治の… 続きを読む
福島県中ノ沢で岩本善吉が作ったこけしを通称蛸坊主(たこぼうず)という。 〔22.1cm(大正期)(高橋五郎)〕 天江コレクション 昭和18年7月に、東京市赤坂区青山南町にあった郷土玩具店三五屋の松下正影が編集・刊行した〈… 続きを読む